甲州を訪ねて思う地方移住のススメ~心身のゆとりづくりから~

昨日はあまり書かなかったのですが、甲州方面へ日帰りで出かけてきました。

楽しかったのは当然ですが、やはり地方に移住したい!そんな気持ちになりました。その理由を紐解いていこうと思います。

 

まず景色の中にいる自分。緑と青に囲まれた土地には、きれいな空気があり、心の中にゆとりが生じます。都会で暮らしている中で、様々な人や情報に出会い、様々な発見を日々重ねていけることは、とても有意義なことです。しかし、あまりにもそれらが多すぎて消化不良を起こしかねない。だからこそ、何かの非常に狭い専門分野に特化するか、大きな組織の中で生き残るか、などという幅の狭い選択をせざるをえないのが、私にはどうしても腑に落ちない。個が没化していくことは、都会ではどんどん進んでいく。それによって心のゆとりが失われ、ハラスメント問題や心身の調子をきたす社員が増えるなどの問題が出てくるのではないかと。

一方で、心にゆとりを持っていくと、社会自体のサイズは今度は狭くなるけど、深みのあるおつきあい、関わり合いができる。これが地方での魅力ではないかと思います。地方の中で、利他の精神を持ちながら自分の専門性を発揮する場をつくれれば、心身のコンディションをよくして働ける方々が増えてくる。私はそう思います。仕事に対して志を持って何かに取り組む場所があるからこそ、人が集まってくる。以前は工場などの働く拠点が来るように大企業に誘致して働きかけて、雇用を生み出そうとしていました。今は志を持って、人がやりたいことや専門性を発揮できる事を創造する時代。それが出来るのは地方からではないかと。それが、地方を元気にして日本を心ゆとりある国に変えていけるきっかけになるのではないかと思います。私が日々最近述べている、可能性を拡げられる土壌が地方にあるということです。

 

次に、地方で収穫、生産された物を楽しく味わえる機会があるということです。観光客を呼び込む側面と、地方の方たちの健康を促進する側面とあるのではないでしょうか。地域でとれるものを調理して多くの人に味わってもらう。それが出来るのが、地方ならではものである、というPRをしていけば、観光客の方々への口コミが広がっていく。今はいろんな媒体で情報が良きも悪しきも拡散する時代です。インスタにアップ、ツイッターでつぶやく、ブログやフェイスブックで発信するなど、様々なネット上の情報ツールの駆使によって、地方の特産物や美味しいお料理の数々は人を呼び込む契機になっていきます。単なる一過性のものではなく、継続的に人が集まる場所にするための一つのネタ、それが「食」ではないかということです。

私が以前ワークショップデザイナーの仲間の方々と企画した、地方のお料理をおつまみにしてPRするというワークショップ。おつまみとお酒などの飲み物とを組み合わせ、地方に関心のかる方々が集まってこれる場をつくるのにはいい機会ではないかと思います。ワークショップの魅力と地方特産品の魅力を同時に伝えられる手段をさらに考えていくためには、こうした独自性のある美味しいものに触れられることが一番です。上の画像は、山梨のほうとう、甲州でとれた牛のステーキ、そして八ヶ岳近辺で栽培、収穫されたお野菜のバーニャカウダー。そして清いアルプスの水を用いて醸造される限定品の日本酒。こうしたものを楽しめるのが、ワークショップという一つの手段をきっかけに広めていける、これが地方の魅力でもあると思います。

また、地方の食材は、自然の恵みを最大限に活用しているケースが多いです。温暖、冷涼などの気候の特徴や、その気候で生み出される土、山の湧水を利用した水、日照時間を多く創り出してくれる陽の光。こうした自然の恵みを最大限に活かせるからこそ、体に良いものが取り込まれている可能性もあるのです。それが健康促進効果につながるという面でも、地方でつくられるものには魅力がありそうですよね。健康志向の強い昨今、サプリメントなどの健康食品だけでなく、こうした自然の恵みを享受しておくことも健康を維持できる秘訣になると思われます。それが実現できるのは、地方の方が可能性が高いのではないでしょうか。

 

甲府の中心にある甲府城跡からは、富士山が遠くに見えました。そして、昨日の秋の夕暮れは、まるで画板に描く絵のような、とても幻想的な光景でした。こうした空の高さを感じて、雲の流れを感じられるのは、高い建物が甲府近辺には少ないということもありますが、広く遠くまで見渡せる世界が地方には多くあるからだと思います。春夏秋冬、見せてくれる景色が、心のゆとりにもつながり、人々の活動にも好影響をもたらす。そんな気がしてなりません。だからこそ、地方の景色の中で日常を創っていく事が、心身の安らぎと新しい挑戦へのきっかけをつくる舞台になる。私はそう思います。私は、その地方の出身で、その地方に帰る機会がつくれるからこそ、考えられているように思います。しかし、育った地方に戻らずとも、こうした地方の魅力は、それぞれにある。その良さをいっぱい感じてほしいなって思います。一過性ではなく、日常の中で。

 

人の幸福度も上がるかもしれません。自分も、そして自分の身近にいる家族も、そして応援してくださる方々の幸福を創り出す。それが実現可能性が高いのは地方。これが私の想いです。可能性を拡げて未来に挑戦し、それが幸福をもたらすきっかけに。

来年の新しい未来づくりに向けて、いい体感が出来た旅となりました!もちろん、心身のストレスも軽減できました!

甲州と甲府

22日は山梨方面で気分転換してきました。

人身事故で特急が遅延し、帰宅は0時近くになりました。

ですので、詳しくは明日まとめます。久々に遅くなっていろんな面が疲労しているので(肉体面です)、今日は画像をいくつかアップするにとどめます!

詳しくはまた明日。

地方は落ち着きます!

圧は人を寄せつけなくなる!

人に備わっているものの中で、何かやっかいだと思うものがあります。感じるものがあると言った方が正確かもしれません。

「圧」というものを感じます。圧です。本人は全然そのようなものを持っていないと思っているからたちが悪い。人からよく指摘もされるみたいだが、その圧があるから我慢しろみたいなことを平気で言います。特に力を持った(立場的に)人ほど、その立場に溺れ、その立場にいることを一つの威光にして圧を出す。圧を出すことで人に恐怖心や近づけがたい気持ちを押し付けてくる。そのくせ、何かあればもっとおれに関われ、とかいう。まあやっかいな人です。

私も講師という仕事をする立場上、その「圧」を感じさせないように気をつけるようになりました。講師をやり始めた頃は正直その立場でいることに変な優越感を感じた瞬間がありました。まあ、よほど嬉しかったんでしょうね。人間が小さいって今は思いますが、当時はその圧を圧を出していると思うことなく、平気で出していたんだと自覚しております。

圧を出すと人が近づかなくなる。圧の影響で人を寄せ付けなくなる。そうやって孤独になっていくのを自覚しているんですよね。まあ、経営者のような立場の方々にありがちなものが、まさに圧と呼ばれるものなのかもしれません。圧によって人を寄せつけない状況になりますと、勘違いする人は、その圧を利用して徳をどんどん減らしていきます。徳がなくなれば、周りには誰も近づかなくなる。素晴らしい人でとても近づきがたいとはまた違う、近づきたくない人になるわけです。ましてや、それでいい、などとのたまうから圧がやがて組織にとっての「害」でしかなくなるのです。まさに害悪なんです。害悪になると徳なんてものはかけらもなくなる。本当に残念な話です。

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今日はそんな圧を出していることを自覚していない方との仕事で、実はストレスがかなり溜まっていました。自分で機嫌が悪くなって声を荒げることをやると自覚している。後になってそれでいて後悔する。最悪な人にしか思えないのです。いろいろと教わったことはあったけど、やはり私は人格が信用できない人には、愛想をつかしてしまうのかもしれません。

反面教師としてみるべき人を何人も見てきています。私自身は徳を積み重ねて、圧を出していると思ったらその圧を悪用しないで、いい方向で輝かせる徳に変えていけるように、人格を磨き続けていかなければいけないですね。私もまだまだ心が未熟なところがあります。人格を磨いて徳を積む。日々いろんな方々と出会って精進ですね!

迷ったら心の声を聴く!

日々生活をしていますと、いろんな場面で迷いが生じます。迷いに迷ってしまうと、全く動かなくなる。そんなことを幾度となく経験してきました。迷いが強くなり精神が乱れて疲労する。未だにそうなることあります。

迷ってしまって無気力になり、鬱っぽくなるのが今までの私だったように思います。

ただ、最近迷いが生じた際には、自分の中で頼るものがあります。それが心の声です。心の声に耳を傾けて、その声に従うようにしています。

て、こう書きますと何だか危ない人のように感じられるかもしれませんね。危なくはないです。要は気持ちに素直になるということです。何か疲労がたまってやる気が出てこないときに、やる気を出せ!なんていうのは、火に油を注ぐような話ですよね。引火してしまっては手がつけられなくなるわけです。そうではなくて、火を見守るかの如く、自分を外から客観的に見つめるのです。そうやって自分を捉えると、どう判断していいかわかります。心が発するメッセージを受け止めて、それに沿うように動くのが一番望ましいわけです。

今日はまだまだやれる。

今日は無理をしてはいけない。

今日は最低限はここまでやって休もう。出来なければ明日やればいいだけの話だよね。

このように、心が発信してくれるメッセージに真摯に耳を傾けたうえで動くことが大切。無視をして無理をすれば必ずしっぺ返しが来ると思ってよいわけです。

かつての私はそういうしっぺ返しを受けていました。だから気持ちは落ちる一方で希望がまるで持てなくなりました。そして気持ちが暗いまま毎日を過ごしていくと、どんどん嫌になる。コミュニケーションをとるのが億劫にすらなる。それが部下に伝わり非難される。そうした悪い循環が回り続けて破綻してしまいました。残念な話ですよね。

ですので、自律神経を悪くしてからは周りがどうであれ大切なのは自分。自分を守ることを最優先として、組織内での昇格や昇進、待遇改善などは諦めました。自分と大切な家族や顧客を守る。その第一義を守るために、その軸に沿いながら今は動いてます。

迷いが生じたら、自身の心身と対話してどうするか。自信を持って決断して、健康を維持していくことが一番ですよ。

澄んだ気持ちで自分の心に素直に生きていきますよ!

仕事は心と心の通わせ合い~可能性を拡げるために大切にしたいこと~

大阪の猛暑は過ぎましたかねえ。

日中日差し強かったですが、だいぶましにはなりました。

今日は私が担当している公開型プログラムの最終回。半年の学びの場にいつも講師として関わらせていただいてます。その絡みで毎月大阪にきています。ところどころに台風の爪痕がまだある感じがしますね。

さて、私が担当するのはいわゆる営業の分野。コンサルティング会社にまだ属していますから、取り組むカリキュラムも決まっています。伝えることは一つの大きな流れを伝えますが、個々に取り組んでいただく内容になりますと、枝分かれしていきます。当たり前ですが、個社の課題はそれぞれになりますから、どうやって克服していくかも、個社により変わります。

総じて関西の企業の方々は頑張っておられますし、商都大阪を支えている方々の日々の努力には頭が下がります。人情の色がまだまだ強いから、その良きポイントを活かして営業活動に取り組んでほしいと、切に願っているわけです。

東京以外の地方の方々には、やはり人として持っているものを出し切って、あまり他人めいた、ビジネス的な色は出してはいかんと思います。ビジネスとして、儲かるかどうかは大切な視点ですが、それを支えるのは人と人との通いあいです。その気持ちを伝えて、そこに専心出来るかが問われている。経営や営業といった、生産活動の根幹に関わるところにコンサルティングとして関わるのは、コンサルティングという言葉が醸し出すビジネス的なものよりも、人と人との心の通い合いが大切なんだと思います。

私は、職業としてはコンサルタントとして社会では認知されるかもしれません。しかし、ビジネス的な色を醸し出す職業人でありたいとは思いません。より経営や営業、あるいはその他の職種にて大切にされている人材を大切にして、さらには、その人が持っている心同士を通わせて、人や組織、ひいては地域コミュニティの可能性の拡大や成長に純な気持ちで向き合いたいと思います。

大阪にてがんばる方々へ、心を通わせながらかかわる仕事は、やはり達成感があります。大阪に限らず日本には様々な地域があり、その地域を支える中小企業の方々にさらにかかわることになるでしょう。ともに社会をよくして未来を創造するためにも、私は関わる方々の可能性を拡げていき、その過程で心と心の通わせ合いを楽しんでいきたいと思います。

週明けの苦しさの自覚~未来を描いて語って楽しさに転換!~

リズムが変わる時というのは、気持ちに様々な変化があります。それを自覚しているからこそ、体にいろんな変化を感じます。頭が痛い、胃腸の調子が悪い、けだるい、気持ちが暗くなるなど。こうした変化を感じながら、週の始めを迎えることが多いのです。

こうした気持ちを持つようになったのは、正直言って、社会に出てからです。休み明けは憂鬱になるという気持ちを自覚しているのです。こうした自覚はしないのがいいのですが、一方で自覚できる自分がいることを理解していることに価値があると思っています。こうした自覚がない時には、気持ちが落ちまくって何かを我慢し続けて、心身を悪くして、会社を休むことになったのですからね、かつては。心身の異常を感じてから、何もかもを手放して、自由な行動を日中していたあのころ。正直辛い時間もあったけど、休みの時間を過ごして自分を客観的に外から見れるようになったからこそ、今があるんですね。

そして、最近、こうした気持ちを自覚する中で意識しているのは、想いをちゃんと言葉にして発する事。その発する相手も、誰でもいいわけではなく、身近に理解を示してくれる人がいるかどうか。私の場合には、妻に支えてもらっていて、最近は申し訳ないと思いつつも、自分の気持ちの落ちている時に、言葉で示すようにしています。

ただ、その時は、「辛い辛い・・・もう嫌だ・・・」などとずっとネガティブな言葉を並べるのではなく、未来の自分の姿を話して、そして、その中に妻と一緒にやっていくことを示して、未来像について語り合っています。未来を語ることが必要で、未来の自分のありたい姿を話しながら、週明けが憂鬱にならず、週明けが楽しみになるようにする。そんな気持ちになって、「ではまいります!」というふうになるわけですね。

あるいはまた、週明けの辛かった時間を過ごした時には、帰りに未来について起業後の姿について考える時間を喫茶店などでとるようにする。そうやって未来のありたい姿を描いたうえで、現実的にどう行動するかを計画立てて俯瞰できる機会を定期的に持つ。こうして2歩下がって3歩前に進むような時間を過ごしてはいますが、トータルで見れば確実に前に進んでいるんです。確実に前に進むように、ちょっとでもいいから起業後のビジネスについて考えていく。こうして、朝気持ちが落ちていた自分が再生からさらに発展へ。こうしてうまく波に乗っていきたいものですね。

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秋のこうした紅葉が山間で見られる頃には、きっとまた前に進んでいるはずです。いや前に進めていくのです。自分の気持ちが週明けになるとどんどんワクワクしてくる。そんな時間を過ごせるようにしたいですね。

今日、ある方と話をしながら自分のビジョンが長期・中期・短期であるんだなっていうことが確認できました。長期ビジョンから短期ビジョンまで。そんな自分を考えたらやはりワクワクしてきます。

富士山のふもとで学びの場をつくる。学校をつくる。

超長期のビジョン実現に向けて、まずは自分の資源を活用してやれることをやっていきます!そんな設計をこれから1か月で形にしていきます。

地域で共生する組織の基本はやっぱり「人」

埼玉にある会社。もとは産廃処理業者。今は環境保全に取り組む事業会社。確かに産業廃棄物処理はされてますが、そこに事業の価値を訴求してはいない。むしろ、産業廃棄物処理は一手段であり、それを通して環境が保全されて、循環する社会を創ろうとしている。そんな印象です。

今日は課外授業で埼玉の石坂産業さんへ。たしか女性の社長さんがいらっしゃることで知名度高いです。石坂社長の情熱と責任感、そして使命感が組織をかえ、地域や社会に様々な変化をもたらす。そんなお話を伺いました。

環境保全の取り組みが独自性あるし、時代を切り拓き続けるだけの情熱と行動力がある。もちろんそうですが、それ以上に人材育成についての取り組みに感銘を受けました。

産廃処理業者のかつてのイメージは男の職場で、しかもがらが悪い。しかし、かつて所沢でダイオキシン騒動があったときに、会社を再生していく過程で社長が取り組まれたことの一つに、あいさつの徹底や職場の整理・整頓・清掃を通しての現場の「見せる化」がありました。

石坂産業の産廃処理現場での取り組みを見せることで、社員の意識を変えていく。特にあいさつを徹底することは、相当ご苦労されたらしいです。ISO取得に際して様々な品質改善を図る中で、人材品質の改善に取り組んでいったそうですが、その最初があいさつだったそうです。まともにあいさつしない社員の意識を変えていくのに約3年はかかったそうです。その間、社員の退職もあり、地域からのダイオキシン騒動に伴う風当たりの強さもあったようです。

それでも続けてきた。現場の見せる化により、今では社員の方々は率先してあいさつされてます。また、現場を整理整頓するとともに、様々な課題を自ら社員の力で解決する取り組みもされているようです。タスクをきれない重たい課題は一日がかりで選ばれし社員が解決のための話し合いを行う。あいさつから始まった取り組みは、今の石坂産業の成長を支える人材品質の高さにつながっているのだと思いました。

私たちに提供されたランチのお弁当は、石坂産業さんで育てた野菜などを使って自分たちで調理して提供しているんだそうです。環境保全のみならず、自然を活用して別の事業に展開し、それを自分たちで仕組みとして創り出していく。地域と共生し、さらに発展していくために挑むためには、まさに人の品質、人の力が欠かせない。改めて実感しました。

人の無限の可能性が組織の中で引き出され、組織の新たな可能性の拡大に連綿とつながっていく。石坂産業さんから垣間見えました。子どもたちが働きたいと思える企業となるために。人の育成は欠かせないですね。

起業に向けても背中を押された気がしています。地域で活躍できる人材を育成するために。長期的に人材育成に取り組むため、日々積み重ねてやっていこう。情熱を傾けられるだけの仕事が、私の場合は学びであり、人材育成の分野です。

人と組織、コミュニティの無限の可能性を拡げて、未来に向かって挑戦し続けられる社会をつくるため、心に火をたぎらせて突き進みます!

短絡的には認定できなくても注意~パワハラになりうる言動~

今日もハラスメント防止養成講座。今日は法律や判例に関しての学びで、大学や資格試験予備校の時以来の法律の勉強で、何か懐かしさを感じるほどで、眠くならないという不思議な感覚でした。

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セクハラ、マタハラ、パワハラ。いずれもハラスメント問題としては大きなものです。判例は確かに厳罰が下っているものが多くて、極端です。しかし、判例を読んでいくと、未だにハラスメントの問題があちこちにあるんだなって思います。陰湿なものもあれば、明らかにアウトなものもあれば、ぜんぜん仕事と関係ないだろそれ、って言えそうなものまで。

今日感じたのは、パワハラのところでの言動。ちょっと何かあると、最近はニュースのせいもあってパワハラじゃないかって言われます。言葉だけでは一概に断定はできないのですが、こんな表現が職場で繰り返されていたら危ないです。あくまでも一例です。

「おまえはバカだ」「新入社員以下だよ」「いい加減にせいよ。おまえアホちゃうか。」

「ぶち殺すぞ」「どうしていつもあなたはこうなんだ」「人間失格」「いつまで新人気分でいるんだ」「使えねえな」「死んでしまえ」などなど

人格を否定したり、人としての名誉を傷つけるようなことを言い続けているのは危ないです。もちろん、これを言ったらNGです、っていう断定的なものではなく、パワハラになるにはそれなりの事実認定や判断が伴います。ただ、人格を否定するようなことや人の名誉を傷つけるようなことは言葉として気をつけないといけないですね。

その他、経営層の方々で口癖のように「クビだ!」「やる気のないやつは辞めろ」などと言いがちな人も危険です。退職や解雇等をほのめかすようなことを、他の社員のいる面前で平気で大声で継続的に言うような場合も危ないです。軽い気持ちであっても、これが人の精神を病んでしまう危険性もある。軽々しく言葉として使うべきではないですよね。

短絡的に物事を判断することはよくないですが、最近はハラスメント被害に対しての事実認定がシビアにされる場合も多く、また、行為をした側に責任があると認められた場合の民事上の賠償等も大きいものになりがちです。それに、社会的に制裁を受けることが一番大きい。採用や営業活動にも不利になります。こうしたリスクを守ることに躍起になるくらいであれば、しっかり本腰入れて体制を整えて教育や啓蒙活動を行う。一過性の研修で済む話ではありませんが、何も対策を打たないのも、問題が発生した際に不利になる可能性もあります。特にパワハラは今いろいろとメディアでも取り上げられているので、十分な対策を行っていくべきでしょうね。私も外から関わるコンサルタントとして、守るお手伝いをしていきます。

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脳が疲労したので、研修のあった両国でお相撲に関しての甘味をいただきます。こうした癒しを逆に与えてあげる、ではありませんが、ムチよりもアメですね。明日も学びに行ってくるのでそろそろ休みたいと思います。

 

ハラスメント防止コンサルタント養成講座へ~未来のために~

この三連休は学び一色。まず土日はこちらなんです。

コーチ認定セミナーではありません。わが妻が大のコーチング嫌いでして、私がそれを受けるわけない。

ハラスメント防止コンサルタント養成講座。今から5年前にこの存在を知りましたが、当時は時間的金銭的な余裕がなかったため受けませんでした。今年、ようやく時間とお金の算段がついて受けることにしました。長年の悲願です。

5年前、私は、当時在籍していた会社で、ハラスメント防止研修の企画に携わりました。セクハラとパワハラの防止を目的に社内で研修を行うことになったんです。パワーハラスメントという言葉がとあるワーキンググループの円卓会議において提言され、その対策を、社内と業務委託先にて行うべしとなり、全社員対象にやったということです。その後、同じ年に、主催勉強会の「プラスオン!」でパワハラをテーマに勉強会を行い、プラスオン!で講師をさせていただきました。16回目の勉強会で初講師でした。ハラスメントの問題に関しては、実務で当たったことはありませんが、関心を常に持ち続けておりました。

来年起業に際しては、組織の可能性を拡げていくためにも、組織の中に潜む人の問題を解決する一つの方法として、ハラスメント防止施策についても、コンサルティングや研修のメニューに入れるつもりです。人の可能性を拡げるのを阻害しているのは、人間関係の問題もあるのです。人間関係を悪くする一つの事象として、ハラスメントの問題があります。特にパワハラの問題はどんどん増加しております。昔ながらの経営者の方々がいまだにパワハラまがいの言動や行動をとるケースも散見されますし、強い立場を利用して、部下に他に逃げ道をふさいで可能性を摘んでしまう。最悪な状況です。

また、一方で、短絡的に「パワハラ!」っていう状況をなくしていきたい。実はパワハラに当たらないような事案なのに、「パワハラ」と言われて委縮する管理職の方々もおります。ですので、しかり方や言い方に気をつけることが必要ですが、安易に「パワハラ」と言われて、部下育成が出来なくならないようにするためにも、ハラスメント問題には関わっていきたいと思います。

明日は裁判判例の学習。この講座が始まるまでは、法律の専門家の方々の話だから正直期待していなかったのですが、今日の講義を聴いて一気に関心が高まってきました。判例がどのような判断をしているかを十分に聴いて、さらに自分のレベルアップを図っていければって思います。この気持ちが持続するかな・・・いや、大丈夫。将来の事業に組み込むぞという動機がありますので。

 

 

水のある景色で癒しを~心にゆとりを~

昔は海だった場所。

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ここは海に近い場所。住所もそれっぽい住所ですね。海に近い場所に人工の島があって、そこに何棟もタワーマンションが建っている。全部が居住用かといえば、どうもそうではない。いや、むしろ投資用のものが多くを占めているのかな。そんなことを考えながら海沿いの場所を後にしてきました。

水辺の景色はいいですね。そこにモノレールが通る場所があります。この景色がけっこう好きです。橋のすぐ上をモノレールが走る。都会の運河沿いの場所が何か癒しになります。ただの水の景色だけなく、いろんなものが入っていて街の時が流れるのを感じられる場所です。こうした癒しの場所、皆さんにはありますか?

日々忙しくて何かに囚われるような状況ですと、心に余裕をなくす。すなわち、「忙しい」と言われてしまうような状況に陥ってしまいますね。だからこそ、その忙しいと思われる時間をわざと外して、水辺にやってくる。これが心の癒しになるんだと思います。今日はちょうど昼休みの時間帯にこのあたりを通ったのですが、昼休みに川沿いで腰かけている方も見かけます。また、この運河を渡って人工の島に行くと、そこにはレストランやコンビニがあります。たくさんあるわけではないけど、そこで癒しを求める人もいるでしょうね。

都会は確かに人がつくった場所が多すぎて、自然がないって感じます。ただ、この景色は仮に人の手が加わって何かが変わったとしても、人に癒しを提供するものであれば、決して都会は嫌だって思えることばかりではないな。そう良い場所jもあるんです。ただ、正直なところ、においがね・・・こうした水辺の場所はにおいが溝臭くなければまだいいのですが、溝臭いにおいが風に乗ってやってくると、「ああ、やっぱり都会なんだ」と現実に引き戻されるような気がしてなりませんね。よーく見ると、水の色がきれいではありません。苔のような色をしているので、残念にはなる。だからこそ、遠目で一つの風景としていくつかの物が入った状態で楽しむのがいいのかもしれませんね。

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対比して掲げてみたのは、5月に訪れた新潟・湯沢町の川。こちらは水がきれいで子どもたちが泳ぐことも出来るくらいの場所なんだそうです。自然の景色そのままが見えるのがなかなかよくて、こちらの景色であれば、川そのものを見続けたくなるんですよね。ちなみに、変な下水のにおいもない。ちょっと冷たいくらいの風が吹いている初夏でしたが、癒されます。

水のある風景をこうして比べてみると、同じ日本とは思えないのですが、日本の様々な顔をこうして楽しんでみるのもいいのかもしれませんね。最近は、都会の運河のような景色ばかりの日々が続いていて、気づけば、14年東京で暮らしてきました。近くに多摩川があっても、多摩川をいつも見ているわけではない。昼間は大田区にはいないので、水辺を見るとしても運河であり、苔の色の水の川です。日本橋が職場の近くにありますが、日本橋の下を流れる川は臭いですからね・・・

地方の水のある景色を楽しめる生活に向かって進む日々。あと半年強で静岡に戻る計画ですので、その水のある景色が待ち遠しいですね。

話が少しそれましたが、自分の中で心にお休みを与えられる景色を見つけてみましょう。都会の運河へも確かにいろんな想いがありますが、心にお休みは与えられるはずです。一つの物を見るだけだと魅力がなければ、あらゆるものが入っている風景で心を癒してあげてみてはいかがでしょうかね。