「富士山わかもの会議#2」から見えた富士市の課題と私のこれから

最近は地方創生や都市の一極集中問題などの影響で、地方の街について議論をしようとする会議体が増えています。会議体の主体は様々ですが、行政のバックアップを得ながらも、市民が主体になってやっている会議体もあります。

特に街づくりに関連していろいろな議論をする集まりは多々あります。行政がコントロールし過ぎて落としどころを想定しているものもあれば、市民が行政への提言を進めるために行うため、あまり行政が絡まないような集まりもあります。

行政が絡まないものは、主で動く方たちがいかに当事者意識を持っているかが問われるでしょう。あまり批評家的であれば最後のプラン出しは表面的でつまらない、やらせ的になるように思います。

ただ、今日オブザーバーとして参加した集まりは好き勝手なことを言いながらも、プラン自体は真面目に考えていくことが求められていました。

富士山わかもの会議 #2

https://www.facebook.com/fujisan.youth.confference/

総勢51名、10グループのワークショップ。なかなか壮観です。富士市立高校の生徒さん17名も参加されていて、高校生から社会人までの10代、20代の未来ある方々が想いをぶつけあっておりました。

最初はまず【発散】と【共有】ということで、富士市のアラを探す。まあ出てきます。無責任でいいので自分が感じているアラをいっぱい出す。環境、交通インフラ、商店街の空洞化など様々なアラが出てきました。ふせんに書いては統合し、テーマごとに整理。

自身が10代や20代のころにはとても思いつかないようなことばかり。多分事情はそんなに変わってはいなかっただろうけど、問題意識を持った若者ではなかったなって思います。いろんなものを受け容れて、何も言わずに素直に生きていく事が是とされてきたはずだから。

そして、このアラをもとにして、富士市の問題を解決するための解決策を考える。【編集】フェーズです。約1時間の中で問題を特定し、そのための解決策を、様々な方法でプレゼンするという手法で展開していきました。ファシリテーションがわかものらしく?あっちいってこっちいって、みたいな迷走があったのはともかく、それはそれでよかったと思います。堅苦しい街づくりの会議よりはよっぽどいいと思いますしね。

プレゼンの方は、10グループ全てが発表。「富士アプリ」「フジスタグラム」などのITやスマホを活用した施策や、交通インフラの改善、また、身近なところから始めるごみ拾いなど、バラエティにとんだ内容が揃ったように感じました。

このプレゼンを踏まえて、今後、今回の案の中で参加者や審査員(経営者代表、富士市代表、議員代表)から評価されたものが実行に移されます!どのような形になっていくのか楽しみですね。

富士山わかもの会議をオブザーブして感じたのは、二つ。

一つは、「富士市の課題がさらに見えてきた」という点です。

富士市には様々な課題がありますが、地方都市特有の交通インフラ、商店街空洞化、などに加えて、わかものに魅力のない街にしている根本は、「富士市の発信力が低い」ということに集約される気がしています。どれだけの人が見ているのか、富士市の存在から始まり、富士市はどのような街なのかをどれだけの人が語れるのか?そして、その語るという行為を誰がどのようにやっているのか?

これは、富士市内にいてやるだけでははっきり言って難しい。だって富士市に来てもらわないといけないので。もちろん、最終的には富士市に人が集まることがゴールなんでしょうけど、そのためには、富士市をもっともっとPRするために、富士市に関わる人たちが街の外に出てPRをしていく必要があるんだろうと感じました。

私が出来ることは、こうしたブログで富士市の事を発信するということ。そのためにはもっともっと多くの人にこのブログの存在を知ってもらう必要があるし、私も、富士市で「何をもって事業を展開、何のために」より具体的に示す必要があるのを痛感しました。

そして、もう一つは、「傍観者になっている市民の意識改革」です。

私も決して、まだまだ行動できているわけではありませんが、傍観者である市民に成り下がってはいけないと思いました。今日の富士山わかもの会議の存在を果たしてどれだけの人が知っていたか、そして、もし知っていたとしたら、そこになぜ足を運ばないのか。また、仮にオブザーブするとしたら、どんな姿勢で見ていくべきか。

わかものが何かやっている、というような傍観者的な姿勢で見ている富士市の方々がいたように見受けられますが、その意識自体が、富士市の問題であると思います。自分から発信しない、誰かに何かをやらせておしまい、では変わらないでしょう。

私もまだまだ具体的に行動できているわけではないので、そういう意味では自戒の念も込めて書いています。傍観者であっては、何も変わらない。批評家では何も変わらないのです。

「残酷すぎる成功法則」という本の中にこんなことが書いてありました。

「何度でも失敗し、断念し、学ぶことができる。というより、それが学ぶための唯一の方法なのだ」「ひたすら多くのことを試そう。しくじったものは棄て、脈アリなものにはグリットを発揮すべきだ」

富士市の現状を把握していくためには、この富士山わかもの会議に限らず、いろんなアプローチで現場にアクセスすることを試みていく必要があると実感しました。富士山わかもの会議はわかものが主体的に立ち上げて、それを行政が後ろから支えています。私の場合には、政策提言につなげていくためには、まず、主体的に自分が富士市で立ち上がる、そして、そのために現状を把握して現場を知ることが欠かせない。そのための失敗はたくさんしていくだろうけど、そこで富士市で独立起業することはあきらめません。自身の成功失敗の体験を伝えていくことで次世代のリーダー育成のための場や仕組みをつくり、それによって社会を変える、長を元気にするきっかけをつくることが、これからの自分の中にある熱い志であるので。

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今日は富士市の課題を現場で把握するためには、とてもいい時間を過ごせました。現場と向き合い、そのためにも、自分のエッジを際立たせていきます!

貴重な機会をいただいた、富士山わかもの会議代表の小泉卓登(こいずみたくと)さんには感謝申し上げます。ありがとうございます!

「静岡県富士市公式HP」

「残酷すぎる成功法則」

 

 

 

成長の見えない洞窟にいる時もある

成長をしてほしいと思う子供には経験をさせるのがいいって言いますよね。一人で何かを出来たという経験や、未知の経験など。そうした経験をさせることで人は成長の実感を得られるはずなのです。しかし、その成長の実感を得られないというケースもあるんです。

今まで何か物事を一人で出来るようになった。で、任されて今はその物事に取り組んでいる。しかし、何の評価もねぎらいもなく、いきなりまた一人ではなく、複数である物事に取り組むように組織の長から指示を受ける。これって、一体どういうことなんだろうって思うわけですよね。難しい案件や組織の生存がかかる大規模案件を一人でやるという場面とは全くもって別で、同じような物事を、同じようにやってきたのに、なぜか一人では任せられないという。これは何か成長できていない自分自身を見せつけられるような、そんなネガティブな気持ちにしかならないということです。

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この画像のように、どこまで行っても出口の見えない気持ちになる。成長実感は得られずに時間だけが単に過ぎていく。これでは物事を取り組むにしても、本当に辛いだけ。報われないようなことをし続けているような気持ちでしかないわけです。それで人材の成長になるのか。本当にそれでいいのか。

正直身近なところで感じているんです。そのような成長実感の得られない時というのを。何年もやってきて一定の成果や、自分なりに成長できる瞬間をいくつか得てきたからこそ、独立しようという気になっている。その気持ちがある意味むしり取られるような、そんな想いになってしまいそうです。

成長を感じられない場ではなく、成長を感じる場を自分から組織を飛び出て創りにいくというのであれば、何か我慢なんてする必要ないなって思いました。

不安はあるけど、同じ場所にいて成長を感じられないような仕打ちを受けるくらいならば、何か時を稼ぐ理由なんてないわけですから。自分のための時間をつくり、自分のために生きる。独りよがりに聞こえるけど、大切なことです。他人に振り回されないようにするという意味で。

昨日今日と、組織の中でのサラリーマンとして、嫌なことが続いたのでこのトーンです。ただ、人は弱さも脆さも出していいと思っているので、こんなトーンにも時にはなる。それでいいんです!そうでなくちゃって思います!

人の心にどれだけ配慮できるか

組織において、人の心に配慮を欠くような経営は、決して容認できるものではありません。そのような経営を行い続ければ、中小企業は大抵は人不足になり、雰囲気が悪くなり、業績は悪化していく流れになる可能性は高いです。

ある仕事を割り振る際に、前任者が、「仕事をとりあげられた、おれはダメなやつだ」と思わないような割り振り方を考える必要があります。ところが、こういう場面では大体の場合、前任者への配慮なく、後任者への仕事が通達されることになります。

こうしたことが頻繁に起こり、常態化することが怖いですね。社員への気持ちの配慮のない経営が是とされてしまう。決して気持ちばかりに囚われるのもいいわけではない。しかし、やはり組織には人が必要だと考えたら、こうした組織内での一つの小さなシーンなんだろうけど、看過できないことのように思います。

人が一番の財産であり、サービス差別化のポイントとなる業界の組織であれば、心の配慮には特に目を向ける必要ありますよね。

全くもって美味しいもの食べないとやっていられないなあ、って思います。人の心は本当に小さいことで離れます。織田信長の時代のように、経営者の命を奪うことはしないにしても、心が離れていっていつの間にか経営の周りに人が寄りつかない組織になる危険性はありますよね。

組織が小さければ小さいほど、心には配慮をするマネジメント、してほしい。

「あげる」ではない、相手を共感的に理解すること

火曜日の夜は、社会活動家の湯浅誠さんのお話を伺う機会がありました。貧困とありますが、生活における貧困ではなく、人間関係の貧困など、あらゆる面で苦しい状況におかれている方に対しての課題解決に動かれた方です。

路上生活者の方々の支援から始まり、年越しハケン村、そして内閣参与から大学教授になられた湯浅さんは、ぶれない方です。どんな関係性であっても上下関係なく、同じ目線で共感的に理解しようとすること。相手に好奇心を持って受け止め合うこと。

この本は貧困についての生々しい当時の状況が描かれてます。住む場所、食べること、寝る場所などいろんなことで苦しみ続ける状況があるのは、本当に筆舌に尽くしがたいです。こんな生活実態の中では何にも考えることすら奪われてしまう。

ただ、だからといって、救って「あげる」、助けて「あげる」という姿勢では受け容れてもらえない。徹底的に相手の実態に向き合う状況でなければ、相手の置かれている状況を理解して、それは心情や見方も含めて理解しなければ、かかわることは困難でしょう。湯浅さんは、同じ目線で話をする、ってことを強調されてました。相手の見ている景色をわかっていることは確かに必要ですね。

私は研修講師やカウンセラーとして、相手との関係性を十分に理解していなければならない時が多いです。変な意味で、何かをして「あげる」立場を顕わにしないことは必要ですね。湯浅さんのお話を伺うことで、相手の見えている景色と自分の立ち位置をよく理解しようと、改めて考えさせられました。

湯浅さんから著書にサインをいただいたので、励みにして、前進していきます。相手の見えている景色を大切に。

がんばれ管理職!

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今日はこんな人はいませんでしたが・・・

管理職の研修でした。マネジメントのやり方にいろいろとお悩みの方々の発表会。まだまだいろんな課題はあるけど、のりきってほしい!

昨日今日と遅くて体力が厳しい・・・ってことで今日はこのくらいにしておきます!春なのか夏なのかわかんないから体調管理気をつけましょう。

桜は気持ちを癒やす花であり、着火剤である!

重苦しい感じで始まった私の週明け。

八重洲桜通りの桜。見事に花開いています。ひらひら花びらも舞ってます。

こちらは横浜の新田間川沿いの桜。

一つ一つきれいに咲き誇ります。

なんかどよんとした気持ちになったらこの時期は桜が見つめていてくれるって思うと前進できそうです。普段と違うものを目にして生きる気力を奮い立たせていこうではありませんか!

癒やしプラス気持ちの着火剤です。

心を落ち着ける

組織でサラリーマンとして仕事をしていると、一つの課題になるのが心の保ち方ですよね。

私は今は人材育成やカウンセリングの学びをしてはいるものの、かつては自律神経失調で苦しい思いをした経験があります。仕事のことを不安に思って考えてばっかりいると、やる気が全然でなくなってしまうのです。何が疲れているか、体に原因があるわけじゃないから、本当にしんどいですね。

心の疲れを感じる前に、予防して休んでおく必要はあります。眠るときに深呼吸をしてよく眠れるようにする。不安な気持ちが出てきたら、それを「サル野郎!」って思って叩き落してしまう!そうやって気持ちを振り払っていけば、多少はましになるでしょう。叩き落してしまってほっとと一息つくと、ずいぶん違いますけどね。

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この積み木みたいに不安定な状況になったら、休む。寝ればいいのではありませんが、ゆっくりと気持ちを落ち着けるのもいいし、自律訓練法などの気持ちのリラックス法を取り入れてみるのもいいでしょう。

休み明けの今日、正直私もルンルンじゃないんですよね。ルンルンで楽しく仕事ができるようにしたいって思うこのごろです。

ブログは更新頻度重要!~書籍感想「好き」と「ネット」を接続すると、あなたに「お金」が降ってくる①~

本日は有休で午前中はのんびりとして、午後から活動。

そこで、ふとある書籍が目に留まりました。サードプレイス・ラボの安斎輝夫さんのブログを読んでいて、プロブロガーの立花岳志さんの書籍が目に留まりました。

「サードプレイス・ラボ」

この本、タイトルからして共感できる!思って買って読み始めて、既に140ページを2時間ほどで読みました。

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ブログを長い事断続的に書いてきた私にとっては、とても共感できる内容です。本の中に書かれていることで特に共感できるのは、「続ける」ということです。量でもなく質でもなく更新頻度が大切であるということ。毎日少しでも、一行でもいいから更新をするということが重要だということです。ただ、更新を一度でも途絶えてしまうと、書くのが億劫になる。勝間和代さんも、メルマガの配信頻度を変えたら書くのに苦労したと、この本の中にありましたが、確かにそうです。

私は最初に2004年の9月末に楽天のブログを書き始めたのが、ブログの一番最初でした。その後、ウェブリブログ、ビッグローブ、アメーバなど、様々なサイトでブログを書いてきましたが、一時書くのが億劫になってしまったのです。その理由は、自分の仕事に関係することをアウトプットしようと思ったから。何かを書こう、人に見てもらうために書いてやると、力が入ってしまって逆に書けなくなってしまう。書いたとしても、つまんない内容にしかならないのです。サラリーマンである自分の仕事をアウトプットすることは、つまらない。そんなふうに思ってしまいました。

また、サラリーマンとしての仕事に関して書いていく事は、時には非常にリスクであることを実感したんです。

今勤務している会社の前に、別のコンサルティング会社で勤務していたとき、休みの日に更新をしました。そこで、仕事への不満、ストレスを暗喩されるような記事を書いてしまって、休み明けに上司に注意をされたことがきっかけになって、職場で孤立。そのまま精神的に辛くなってしまったことで、自律神経失調、うつ状態になって休職から転職するに至りました。結果的には、この会社を辞められたことは良かったのですが、ブログを書く内容や考え方を間違えると辛いだけのものになってしまうんです。今まで書いてきたブログ、数年分の記事を消して嫌な人間関係を清算せざるをえなかったのは苦い思い出です。

立花さんの書籍は、ブログに関していろんな気づきを与えてくれますね。さらに読み進めて別の機会に記事を改めて書いてみますね。

立花さんのサイト

「NO second life」

立花さんの書籍

「好き」と「ネット」を接続すると、あなたに「お金」が降ってくる

 

 

ビジョンとミッションで感じる変化とは

昨年、新しいつながりに関わり持ち始めた頃から、何か新しい波が自分の周りには押し寄せてきているのを感じています。何か繋がっている人が変わってきたように思います。

自分なりに、ワクワクするような出会いやつながりは、ずいぶんと前からあったのですが、そのつながりがどんどん頻繁に出来始めているような実感です。

これはおそらく、自身のビジョンとミッションが明らかになって、それに沿って活動を少しずつし始めてきた効果なんだろうって思います。

 

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 ビジョンとミッション

これは確かに大きい。自分の中で語れるものがあるとずいぶんと違います。

 

いろんな場所で、静岡県での独立の話をしたり、自分の考えていることを話したりすることで、なんとなく自分の中のカオスのようなものが湧き上がってきているのを感じます。むしろ、サラリーマンとしての仕事へ集中している時には、なかなか自分のことを話したくなくて、むしろそれでつながりが維持できなくなったことも多くあったように思います。

会社や肩書は、自分だけのものではないし、それがなくなれば切れる繋がりなんてたくさんあるんです。結局は会社や肩書だけでの繋がりは、そこに介在する人に対しての着目があまりされないのです。それは、会社のビジョンやミッションを語っても、それは自分独自のものではないわけで、自分の心から湧き上がるビジョンとミッションがなければ、そこにのっかる情熱もいずれは冷めるようなものなのかもしれません。

増田のビジョンは、

「地方が都市に依存することなく自律して活躍、機能できる社会をつくる!」

ミッションは、

「自身の知恵や経験をもとに、故郷・富士山の近くのコミュニティで活躍できる次世代の人材が集い、成長する場をつくる!」

ミッションは、いろんなものがくすぶっていたのですが、ようやく固まってきました。どこかにぶら下がって生きるのではなく、その場で動く人になるためには、人が集い、成長する場を自らつくることが心の底からやってみたいと思えることなんです。結果として、人が成長する、その人が属するコミュニティ(企業、地域、団体など)が成長していけることが何より心から望んでいることなのです。

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新しい出会いの季節は春ですが、今は人生の春なんだろうと思って・・・

 

 

 

資格維持の学びから得るもの

さてさて、今日は横浜・桜木町へ。

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こちらの中のキャリアコンサルタントの更新講習です。資格の維持活動ですね。グループワークやロールプレイなど、多彩な内容でした。

資格の維持とありますが、決して何かを守るためのものではありません。むしろ、さらにどこかで活用できるようにとの気持ちをもって、資格の維持に努めています。私の場合には、このキャリアコンサルタントを始め、産業カウンセラー、ファイナンシャルプランナーがその維持の対象に今はなっております。あとは協会に所属しているものも、資格とは別にありますが。

もちろん、資格の維持に関しては、それなりの費用が発生します。資格を活かしたストレートな仕事をしているわけではないので、そもそもどうなのっていう声もありそうです。ただ、べつにそんなことはどっちでもよくて、自分の知見がいかに社会や顧客に活かされるかが大切であって、その知見が一つの結晶として残っているのが資格と考えれば、維持活動という書き方はしておりますが、あんまりネガティブにとらえてはおりません。

いろんな学びをしてきたからこそ、いろんな事に対応し、創造できるだけの仕組みは築けるように思います。何も無意味な学びではないし、無意味にするかどうかは本人次第という側面も十分にあるわけですからね。

それに、資格だけが学びではありません。資格を取るためには学びが必然的に必要と考えれば、それは学ぶのに強制力を伴っているということです。強制力のない学びの方が、気楽に自由度をもって出来ると思うと、私の場合にはわくわくしてくるんですよ。何か新しい学びから得られるものがあるからこそ、さらに新しい学びへの欲が出てくるというものです。その学びから仕事の中にうまく転化していくと、社会に還元されるものになるし、自分には自信や経験ということで無形の財産として残るのです。

キャリアコンサルタントとしての更新の講習は、だいたいが一日だと6時間の講習としてカウントされているようなので、あと3回くらいは必要になります。ただ、今すぐにそれを完了させる必要があるかというとそうでもないので、知見を深める目的であれば、そんなに慌ててやらなくてもいい学びの一つです。あと3年のうちに、3回受ければいいのですからね。

むしろ、こうした資格維持に関係する学びを、自分の実際の仕事や、これからの未来の起業に際してのネタにどう結びつけるか。そちらの発想が格段に大事です。資格維持から得た気づきも出来る限り、新しい事業の創造に活用していければと思っております。

ほんと、おろそかにできないですね、学びって。