レトロはいいが心を乱す古きものは捨てよ!

元交通博物館。万世橋です。初めてここにやってきました。何だかちょっとレトロな場所ですね。今日は仕事できたのですが、改めてゆっくり来たいですね。

こうしてレトロなもので愛したくなるようなものならいいのですが、レトロでいいのではなくて、古い考え方だからそんなもの捨ててほしいというのはたくさんありますよね。

私の中ではようやく話題に出す感はありますが、例の「日大アメフト問題」です。一時の報道の過熱さは少しは収まってきたはいるものの、毎日ニュースではまだまだ出てきています。本当に古い体質のアメフト部の様子が浮かび上がっているのは周知の事実です。

例えば人を追い込んで気合を入れてやる気を出させる。追い詰められてそこから這い上がることを期待する。また、試合の中でやらなきゃいけない状況において、選手が自分で気づいて目覚めさせる。こうした昔の体育会系の悪しき軍隊的な伝統が、ある意味守られてきた。日大アメフト部の良くない部分であったことは間違いないでしょう。それが素晴らしいと思ってやってきていたんですからね。レトロでいい、なんていうわけがないのです。

また、ちょっと視点は変わりますが、「言わなくてもわかるでしょ」という考え方。そんな考え方では、はっきり言って物事が正確に伝わりません。昔はその言葉になっていないところから「わかるようにしなさい」という。言わずもがな、の文化というか、流れというか、そういうものがあったように思います。しかし、もうその言わずもがなで通用する時代ではない。正確に物事を丁寧に伝えることで、間違いをなくす。古い時代の物事を伝えるやり方が変わってきていることを受け止めて、今のやり方に取り組んでいくべきではないでしょうか。

レトロなものに想いを馳せるのはとても素晴らしいことです。そのレトロなものから得られる雰囲気や、目に入ってくる物がとても美しくてたまらない。私もそう感じます。

しかし、古いものの中にも捨てたいものはあります。いや、捨てるべきです。特に人の心に悪い影響を及ぼすようなものはどんどん捨てていくことです。まさしく日大アメフト部のような人との接し方や、言わずもがなの伝え方スタイル。捨てていきましょう!

ちなみに、私はレトロな喫茶店が好きですね(笑)。

幸せのためには大事にしたいものをまず大事にしよう

さて、今日もコンクリートジャングルの東京です。

何か大事にしていることがある、それはいろいろとありますよね。それが人と相違をしていると息苦しい感じを受けます。最近そんな感じになることは多いですね。

実際に今日もありました。大事にしていることが人と違うと、それが身分の上下関係になると、正直いろいろと面倒くさいもの。

具体的に言えば、大きな仕事をとることに魅力を感じるかどうか。金額の大きい仕事、というようなイメージです。

私はそういう仕事にはほとんど魅力は感じなくなりました。セールス的に大きな仕事には魅力は感じず、むしろ、金額の大小よりは、継続的に深いお付き合いを仕事において出来るかどうか。深いお付き合いをしていく過程において、結果として関わる人がハッピーになればいいというのが私の目指すところです。

だから、狭い地域でも、大きい集団でなくても、私なりに深いお付き合いをしていける方々に関わりたい。それが、人づくり、場づくり、心づくりに力を注げる一歩になるだろうし、私もそれを強く望んでいます。

なんだろうなあ。変な欲や色気を出すようなことはしたくない。大きなものに目がくらんでしまい、そこに力を注いでも報われないとしたら、始めからやる必要はない。むしろ深い長いお付き合いを臨んでいる人たちと一つのコミュニティを形成していくことが大切な生き方なんだと感じます。

今日、そういう指向性を持っている自分を改めて自覚し、そうありたい生き方を実現することを追求しようと思いました。地域で生きていくことを臨む、地域で貢献することを臨む、その生き方を貫いていくのが、私の幸せになるように思います。

幸せを追求していくとしたら、やはり、自分の大切にしている事をぶらしてはいけない。

やりたいことをやって人生楽しくしようって、一昨日お話を伺った前川弘美さんもおっしゃってました。

その道をつくるため、まだまだ精神的に辛くなることがあるかもしれないけど、楽しい、幸せな未来のために、耐えるところは耐えて(もうあまり長く耐えないつもり)、突き進んでいきます。

都会一極集中から脱却を肌で実感します

私が今勤めている会社の近所。日本橋交差点です。高いビルに囲まれたコンクリートジャングル。しかも、いまだに新しいビルが建っているエリアです。

この場所を舞台にいつまで仕事するのかなと考えますね。ビジネスパーソンが行き交い、人があふれる。若い頃は東京のオフィスで働く人が眩しく見えたもんですが、今はそんな感情がないのが不思議です。

先日も、ある方が「これからは都会から脱出して逃げよう」とおっしゃってましたが、東京のど真ん中にて勤務していますと、強く実感しますね。早く脱出して地域に拠点を構えて働きたいものです。

今日はある会社を訪れて、役員層の方々の前でプレゼンをしてきました。酸欠気味で話し続けましたので、しんどい気持ちになりました。一カ所、都会の真ん中に集まる会議がすべての世の中ではない。地方に分散していても、オンラインで会議が出来る環境を、いろんな会社が備えていかなければなと感じますね。顔つき合わせて会議をするのも大切ですが、そういう会議ばかりでないという考え方があってもいいはず。そんな考え方を踏まえて、都会一極集中を避ける社会になっていければと思いますね。

コンクリートジャングルから、緑の溢れるジャングルで働くという環境の変化。緑溢れるジャングルはやりすぎ?かもしれませんが、都会の一極集中は避ける社会の風潮が徐々にインフラや人の動きまで、いろいろと追いついていくようになれば、と思います!

笑顔をもたらす生き方に学ぶ。ラムチョップとともに~サードプレイス・ラボ第17回~

なんか、結婚披露宴でいただくお料理の名前みたいに長くなりましたタイトルですが(笑)。

サードプレイスにきた、という感じの場所。今日はサードプレイス・ラボさんで学びを得てきました!

今日は、下町バルながおか屋、などの飲食店を経営されている、長岡商事株式会社の前川社長のお話。チームビルディングがタイトルにありましたが、まさしく、人を大切にして束ねて組織をつくられているその取り組みを学びました。

特別すぎることをやっていない。経営者として他者に発信をされる方々の特徴ですね。その中で印象的なことにいくつか触れてみます。

まず1つめ。笑顔です。作り笑いの笑顔ではなく、心から楽しめることが仕事になり、その仕事をしている方々が思いを一つにして集まっている。だから笑顔が連鎖していきます。美味しいラムチョップが、笑顔を一杯もたらしてくれる。社員もお客様も明るくなる。外食アワードに輝くような、支持されているチームになる一つの大きな要因ですね!

2つめは、前川さんがおっしゃっていた、能力がない、ハートのない人なんていない、どの人も素晴らしいという考え方です。この考え方は人材育成にも通じるところがあります。人にある無限の可能性が花開くのは、こうした、誰もが素晴らしいと言い切れる考え方につながっているように思います。長岡商事さんで掲げられているケイパビリティフラワーという考え方にもつながるもの。五つの力が潜在的に誰もがある、そんな考え方が根っこに流れているからこそ、人は持続的に成長していくのだと感じました。

そして、3つめは、好きなことをやり始めたらすべてがうまくいきはじめた、と前川さんがおっしゃった言葉。いろんな方々がおっしゃってますが、やっぱり人生、好きなことや楽しいことやっている人にはいろんな人が集まってつながります。サードプレイス・ラボもそうですし、私が以前やっていた、プラスオンとうサードプレイスも同じ。好きなことや楽しいことにこだわる生き方に転換していく岐路に立っている私にとっては、とても心強いメッセージでした!

学びの後は、ながおかやさんで最高のラムチョップとパエリアをいただきました。笑顔がはじける味です。

また、今回は明治大学商学部3年生の方々と何人かお知り合いになりました。学生の方々の可能性や夢を楽しく語る姿勢からも、学びはあります!私も自信を持って学生の方々と話せたのは、とってもテンションがあがり、笑顔になりましたよ!共に人生の岐路にいる仲間意識みたいなものを勝手に感じてました!

写真、拝借いたします!出さん、撮影ありがとうございました!

そして、この場をいつも主催してくださる、安斎さん。サードプレイスにかける熱は私も同じ。地域にてサードプレイスをまた立ち上げていくためにも、引き続きまた参加させていただいて、学びを得ていきます!

ほか、今回対談形式でのご進行をしてくださった徳本さん、その他ご参加のみなさん、感謝です!ありがとうございました!明日から笑顔でいくよ!

一新塾中間発表~改めて主体的市民への変革を誓う~

NPO法人一新塾。私が昨年秋から通っています。

主体的になる。今の私にとって大きな課題です。主体的市民になり、閉塞感のある日本を変えたいという志を持った方々が集っています。今日はその一新塾に通い始めて半年の中間発表。私が携わっている越後湯沢移住促進プロジェクトについても、リーダーが発表してくれました。

また、今日は約40のプレゼンを聴いて、主体的に活動する同志の方々にたくさんの知恵をいただきました。私が富士に戻って起業し、そこから何年も富士を盛り上げていくための同志となりえそうな方々。その方々に勇気をいただいた気がしています。

今回は、私の属するチームだけでなく、都会から地方へ、というテーマにてプレゼンした方々が多かったです。都会の生きづらさと地方が生き残って日本の形を形成していく。同じような志を持った人たちに触れられたことがとてもよかったです。

都会と地方を繋ぐハブになりつつ、地方で次世代のリーダーたちの育成や、地方で活躍したい起業者予備軍をつなげる。産業の形を変えて街を元気にする。そんな事が富士市で実現できるようにしたいです。都会と地方が様々な科学、情報技術で繫がれば、都会から地方に人材が循環する仕組みが作れそう。

そのためには、越後湯沢のプロジェクトを一つの形にしていくため、志と知恵をぶつけたいと思います。併せて富士への移住や起業に向けた計画を具体化させて動きたい!欲が高まってきました。

この湯沢の光景。忘れないです。山間に広がってかつてはバブルで賑わい、今は負け組、見捨てられている。

でも、街が変わり、人が変わって、みすてられることのない暖かな社会をつくる第一歩に。忘れられても再チャレンジ!日本で忘れられた街にしないで湯沢を再生させる。そして、再生したい人が湯沢で自らを再生。

富士も産業衰退を引き起こしています。しかし、まだまだ産業が新たに興って輝ける可能性があります。なぜならば、ここに、富士が好きな人がいるからです。

コミュニケーションや様々なスキルアップ、メンタルサポートによって、都会から移ってくるハードルを下げたい。都会の人たちが救われる、再チャレンジできる街を、湯沢だけでなく、富士につくりたい!

半年を終えて中間発表。水道橋での実施でした。まだまだ主体的になる姿勢は緩い。自分の硬い殻を思い切りぶち壊すため、主体的になります!富士を徹底的に調べ、向き合い、戦い続けていきます!

人づくりをしながら、そこに向かう人の心を大切にする。そして場が新たにできるような社会を、富士市でつくるんです!教育や人材育成を切り口に、地域人材の成長につながる取り組みを考えていきます!

今日、改めて主体的市民の先輩方の知恵を受け取れたので、今一度、自分の志に向き合います!更なる目を背けたい現実に勇気を持って向き合います!

休むのは徹底的に!

いつも動き回っている印象がある、とよく人から言われてます。本人は意外にそうでもないと思っています。しかし、頭はそう思っていても、体は正直。

昨日はほぼ自宅からは出ない生活でした。様々なことにチャレンジし続けていく生き方をしている(中途半端さもありますが)と、疲れが急に出てきて何もしない日を作らないと体がもたないですね。出かけても軽い散歩くらいにとどめておいて、あとは家でゴロゴロしたり、ネットしたり、時々本を読む。

昨日はそういったことに加えて、昼寝している時間が多かったですね。畳の上で横になっていたもんだから、腰に痛みがあります。あんまり長い時間横になるのは体が重くなる感覚があるので、いいとは言えないですね。

何事もバランスとるのがいいのかな。あんまり動きすぎるのは疲れてしまうし、休みすぎると体のあちこちに痛みが生じてかえって疲れを残してしまう。

なんて思っていたら、「PEAK PERFORMANCE 最強の成長術」という本の中に負荷(ストレス)と休息を繰り返していくのが成長に繫がるやり方であることを、海外で活躍するスポーツ選手を例に挙げながら書かれていました。しかも、どちらも強度というか、やる強さは同じくらい。体をハードに動かすことをした後は、徹底的に休息をとる。これを繰り返していくそうですね。そうやって自分の成長度合いを高めていく、ということです。

まだまだ私にはそのハードさがどちらにも足りないのかな、それとも動く内容に密度が伴っていないのか。きちんと休めていないのか。成長度合いを感じる瞬間は多々あってもまだまだ満足はしていません。

不満足感を満足感に変えるためにも、負荷も休息も徹底的にやりましょう。

今日は動きます!

誰とやるか?を重視

働く時やいろんな活動をする時に、人との協調は不可欠。協働するといっても過言ではない。協働すると何気なく使っていますが、これは難しいけど不可欠な動きですよね。

ちなみに、協働するというのは、誰かと協力して活動していくことなんでしょうけど、簡単に述べられるものではありません。一緒に手分けして作業する、としても、お互いに意見をぶつけあいながら、何かを成し遂げていくような活動ですから、互いのことを理解し合わないとうまくいかない場面も出てきます。

同じ組織であれ、そうでないコミュニティであれ、互いを理解し合って取り組むことが要求されるときには、最近はどうなんでしょうか?私の場合ですが、どんなことやるのか、よりは、誰とやるのかって大切だと強く感じます。たった一度きりの取り組みであったとしても、人生の中の一部での取り組み。短い時間であっても、貴重な出会いになるんだから、誰とやるかによってその時間は無駄にしたくはない。一緒に取り組む方の考え方や性格などは出来るだけ理解したい。

そんな意味では、例えばサードプレイスなどの場では、互いの考え方に共感し合える方々が誰なのかは大切です。共感し合える方々と一緒に取り組まなければ面白くない。時間を浪費してまで、と思わせるような人とは取り組みたくないですよね。縁があって一緒になったのならば、互いの考えをぶつけ合える関係を目指したいです。

ただ、会社組織などは多少異なりますよね。そこまで深く考えてしまうと辛くなる。しかも、上下の関係が生じるので、互いの考えを知り得ても共感しあえない場合は当たり前のようにあります。無理やり共感させられそうになることすらある。パワーを行使されて相手の心を支配してしまう弊害もありうる。幸せとは程遠い不幸な関係になってしまうでしょうね、残念ながら。

こうした食べ物(これは油淋鶏です!)を互いに美味い!と言い合えて、しかも、互いの共感をしあえる人たちとの出会いに出来るだけたくさん触れてみたい。今私は会社の仕事以外でいくつかのコミュニティに参加し、金銭的な利害をあまり気にしない場でプロジェクトに取り組んでいます。こうした共感をしあえる関係の中で自分を磨き、高め合いながらすすみたい。

また、こうした共感をしあえる場やコミュニティをつくりあげていくのも、私が目指したいところ。場を客観的にみて活動を促すファシリテーターのような存在も、様々なコミュニティにおいては欠かせないですからね。

互いの共感の場をつくり、一つの目的を成し遂げる。

そのような場づくりのお手伝い喜んでやりますよ!お気軽に声かけてくださいね!

教え合いの場をつくるという夢

教え合いを自発的にやれるってこと。これはなかなか簡単には出来るようにならないものです。なぜならば、自分が知っている事や経験した貴重な財産を簡単に奪われたくないと感じる。そういう人は多そうですね。

特に、知識に専門性が伴うような仕事に就いている、あるいは、芸術家や料理人、芸人など、技にその人らしさが色濃くでている。こんな場合にはなかなか自分の知っていることを表に出したくないという方が多いようです。

私は、仕事の中で何かを教え合いする場面はとても好きです。自分が他者に物事を教える場面は大好きで、相手によっては自分の持っているものを惜しみなく出したいと感じるくらいになります。また、教わる場面でも、新しい情報に出会い、身につくことにワクワクするような気持ちになります。未知との遭遇に対しての期待感が高まり、成長の機会として捉えられると尚更ですね。

確かにいろんな知っていることやノウハウを出すと、他人に持っていかれるというリスクがあることは事実です。特に形のないものほど、それらが容易にやりやすい側面もあり、知的財産での権利保護の必要性が叫ばれるのもその影響ですね。

リスクから守るためにはこうした知的財産保護のような内容の知識は持ち合わせる必要があるのは確かで、それによって防衛手段は持つ必要はあります。ただ、それにとらわれたり、そのリスクを守ることだけに躍起になっていては、新たな挑戦に挑むことすら怠ってしまう気がしています。

私は、リスクよりは新たな出会いをかなり重視する方かもしれません。タロット占い?でかつてカードをひいた際に、学びの天使、を意味するようなカードをひいて、占いに詳しい方に「学びの天使」と言われたくらい、学びを伴う新たな出会いに対しての喜びは人一倍強いのかもしれません。だからこそ、教え合いの場や時間は大切にしたいのかなあ、と思います。

私は、こうした教え合いを楽しめる場所をつくりたい!以前やっていたサードプレイスも、その一つでした。それを自分の手でつくりあげていく旅に出る準備をしています。

困難がたくさんあるのは承知の上、でも夢はあきらめない!明日に向かっていく前の夕暮れのような段階ではありますが、その夢はかなえるためにある。教え合いの好きな学びの天使が世に向かって力を解き放ちたいからこそ、見続ける夢です。

夢はかなえたる!

いざとなれば自分を守ること優先でいきましょう!

いざとなるとセルフケア。そんなふうに思う最近です。

昨今の日大アメフト部の問題を始め、なんだかんだいっても自分を守る術は身につけていく必要があるんだと感じています。特に組織の中で起こった問題は、誰かが守ってくれるという前提で考えてはいけないです。そういう組織の長が今は増えている気がしてならないです。

私が以前勤務していた会社で、私は営業としてまだキャリアが浅かったころ、顧客からクレームを受けたことがありました。その時、当時の上司であった課長は、その事実をしっかりと受け止めて下さり、先方担当者とお会いして謝罪をして、改善策を提出して無事に鎮静化したことがありました。

私自身、クレームへの対処の経験が少なく、また、正直自分なりにうまく出来るとは思っていないです。現に、かつて営業課長だった時も、うまく対処できなくて更なる上の立場の部長に委ねた経緯があります。組織としての対応と考えれば、それはよかったのかもしれません。

しかし、今は組織でクレームやトラブル、事件に真摯に対処できるようなことが果たしてどれだけやられているか。仮に1人の組織のメンバーがクレームやトラブルを引き起こしても、それを組織として上の立場の方が対応できるのか?そのクレームやトラブルが世間の目に晒されるくらいに重大なものであるとしたら、なおさら対応できるかどうか不安がよぎります。形の上ではもっともらしい事を言って謝罪したとしても、それがあくまでも形でしかない。相手へ訴えかける気持ちというものが伝わってこないのです。だから、言葉で謝罪したように伝えても「あれはやってない、これはやっていない、知らない」となるわけですよね。組織としての責任であれば言葉だけでごめんなさい、と言うだけでは無理があります。

逃げると言われるような行為、例えば嘘をつくなんてのは最悪です。嘘を言う、ごまかしてしまう。組織の長ですらこんな感じの世の中だから、自分で自分を守るしかない、となってしまいます。自分の身は自分で守る。そうやっていかなければ組織によって潰されかねないんですよね。ひとたび問題を起こすと、形の上では取り繕われても、結局は何の改善にもなってなくて、うち捨てられる。以前の上司みたいに真摯に共に向き合う人が少なくなっているから、なおさら、自分を守るセルフケアが求められる気がしています。

組織で仕事をしていれば、どうしても間違いはあるし、場合によっては組織外部の方々に迷惑をかけてしまうことだってあります。完璧な人はいないんです。もし問題が起こっても、今の世の中、ほんとに危険な状況にならなければなかなか組織のトップは出てこないんです。そんな組織に身を置いたら、セルフケアをしっかりと。ミスをしないように、なんて考えるとかえってプレッシャーでミスを引き起こしやすくなります。自分の心身の健康を日々見ながら、いい状態で日々の生活を過ごせるようにしたいですね。

場合によっては、もし社員にいろんな責任を押しつける組織に身を置いてしまったら、さっさと見切りつけて環境変えるべきですね。

いざというときは自分で自分を守るためのアクションを!

何かあればお話伺いますし、相談承ります!カウンセラーとして、組織でのサラリーマン経験者として。活用してください!

都会の生きづらさ~満員電車のとある光景~

朝から切ない気持ちになりました。なぜか?

今日は研修講師のため会場へ直行直帰。いつもよりも早めに家を出て満員電車に乗り込みました。京浜東北線の混雑した車両のつり革に捕まっていると、狭いスペースに割り込んできた女性がいました。彼女はマスクをしていて、強引に入り込んできてしかめ面のような表情で小説を読んでました。

そして、二駅ほど進んだところで彼女の前の座席があきました。彼女はなりふり構わずスッと怖い顔して座り、そして再び小説を読み始めました。

なんだかなあー、なんでそんなに怖い顔してんだろうー、と思ってふと彼女の方をみると、

「おなかに赤ちゃんがいます」

あ、そうなんだー

おなかに赤ちゃんがいる頃であれば、情緒不安定になることもあるのかな、と。このあたりは私に子供がいないのでわからないところです。ただ、座りたかったという気持ちは何となくわかったような気がしました。

うーん、思いました。都会ってなんだか生きづらくなっているのかなと。おなかに赤ちゃんがいても、ある程度の距離を満員電車に揺られて仕事にいく女性がいる。切ない。体も心も決してベストコンディションではないだろうに、怖い顔してでも会社に満員電車に揺られていかなければならない。どんな仕事をなさっているのかわからないのですが、都会の中での生きづらさを見た気がしました。

京浜東北線などの首都圏近郊の鉄道路線は朝はラッシュが当たり前。それが当たり前のものとして捉えられているわけです。そんな中で生きていくことは、簡単には変えられないのかもしれませんが、可能ならば、満員電車で通勤するような苦労はしなくてもよいような選択ができれば、なんて思ってしまいます。

派遣で働いている妻は都心までは通勤してませんが、短い区間ではあるけど満員電車に乗って帰ってきます。彼女も最近は混み方が半端ではなくなって辛いとこぼしています。生きづらさが増幅しているように感じますね。

ゆとりというか、余裕というか、人にそういうものがある社会であってほしいですよね。満員電車そのものをなくすのは難しいので、それを避けるような環境で働くとか、時間帯を避けた通勤をするとか、いろんな工夫はあってもいいのかもしれません。

こういう美味しい食事で、失われたゆとりを取り戻すのもおすすめです!