回復して進歩して~凡事徹底を忘れてはならない~

今日、大阪から戻ってきました。

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御堂筋の華やかなイルミネーションや、その周りの飾りを見ますと心が洗われますね。先日も大阪に行った際に見ましたが、やはり何度見てもいいですね。こうした心の癒しを感じながら、また次の日に向かっての活力を得られるようにしていくといいものです。完璧な人間はいませんので、どうしても、疲れが出て少し心も低下することもあります。ただ、そこで回復できる力があるかどうかが問われます。レジリエンスに近いのかもしれませんが、何かあってもこうして戻ってこれるだけの力を持つのは必要でしょうね。

今日は研修講師の仕事をして戻ってきました。いつもいつもこの仕事の奥深さを感じます。3年以上講師をしてきますと、講師への考え方も変わってきますね、いい意味で。「何かを教える」という目線でやっていて、しっぺ返しをくらってきたのですが、ただ、これには理由があったんです。他者の評価を必要以上に気にしすぎるところがありました。アンケートの内容にものすごく神経質になって、一つでもネガティブコメントがあると自分を責める。

でも、これでは進歩がないんです。もちろん、振り返って自分の糧にすることは必要だけど。落ち込むことをするんであれば、それはさらに自分の自信をなくすだけです。自信を得て、もっといいやり方はないかと探究していくことが必要です。研修の中でもよく話すのですが、守破離の考え方の要領で、基本をしっかりとおさえて実践し、あとは良いものをどんどん取り入れてレベルアップを図るというわけです。基本に立ち返ることは必要ですが、口癖や立ち振る舞いについては、自分なりに気をつけるようにしてますし、話の聴き方・伝え方にも気を配れるようになっていると自覚はしています。「聴く・伝える」は、いずれも簡単なものではありませんし、今日もまだまだと感じる部分はあったけど、でも、どんどんレベルをあげる工夫はしています。傾聴を実践することを、研修講師であっても継続するんです。それが、自分のコミュニケーションスキルをどんどん高めるきっかけになるので。

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先週金曜日とは違う位置でみた御堂筋です。視点を変えると違う景色が見える。まさしく自分を立ち返る位置も、見る場所を変えてみると、何か新しい発見があるというものですね。こうした日々のレベルアップは、好きなことを出来ているからどんどんやっていけるのだと思います。初心を忘れることなく日々の積み重ね、ただ、疲れたらしっかりと休んで回復力を上げていくようにする。凡事徹底ではありませんが、地道に積み重ねていこうと思います。みらいに向かって挑戦し続ける人であるために!

好きと自信と感謝と~私の原体験~

いつ何時気づくかわからない。直感というか、感覚というか、これはとても素晴らしいものです。

今朝、道を歩いていてふと気づいたことは、なぜ私が人材育成や研修の仕事に飛び込み、その魅力に惹かれたかということです。私は、道を歩いていたら、なぜかその、なぜについての答えが導き出されました。

転職活動をしていたころも、よくわからなかったんです。何となく好きだったからとは答えたものの、なんだかしっくりこないんですよね。なぜか?わからないまま、ずーっと悶々としつづけてきたんです。

今朝、その悶々さが消えました。

私は大学生の時に家庭教師や塾講師のアルバイトをしてました。もともと勉強好きだったこともあり、やってみたんですけど、大学2年生の時から4年生の時まで三年間あまりやりました。

そして、何人かの生徒さんは自分の目標をクリアできたんです。親御さんからも感謝されました。故郷ではない東京でこうして人から感謝されたのが自信になったんです。感謝され、自信がついた。人のために自分が取り組んだことを好きでやっていたら感謝されて自信がついたんです。好きと感謝と自信、まさしくセットになっていた体験があった。この原体験と言えるようなことがあり、人材育成や研修という仕事にのめりこみ、やがてキャリア開発やメンタルヘルス、というところに波及したんです。営業という仕事にも自分自身はあまり好きではなかったけど、この仕事の中で研修講師としての要素が入ったら何か楽しみを感じた。結局のところ、人材育成は自分の使命としてやっていくことなんだと気づいたんですね。なんだか嬉しくなりました。いろんな場で考えてみてもわからなかったことがわかった喜び。本当にありがたいですね。

今日は日中は秋葉原で研修講師の仕事をしてやり甲斐や達成感を得て、夜は神楽坂で素敵な出会いに巡り会える。生きていてよかった、自信になったと言えるような時間をかなり得られたと感じました。

感謝を忘れてはいけない。自信がついたと言える自分がいる。こんな1日を過ごせたことに感謝しかないですね。みらいを創るために進んでいきます!

完全休暇日、でも脳は丸一日スイッチをきらずに

独立の準備を進めていくといろいろと考えることがあり、決めることがあり、動くことがあり、って日々充実してきます。もちろん、今の仕事もやっているわけですから、何かに追われ続けるような時間を過ごします。

そうなると、知らず知らずに疲労がたまる。なんか疲れがあるぞ・・・

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というわけで、今日は有休をとっていて出かける予定をキャンセル。脳内休暇をとりました。自宅から一歩も出ずに、ゆっくりと休む時間を過ごしたわけです。引きこもりといえば引きこもりだけど、引きこもってやれることをやっていく時間です。こうした時間もなければ、心が充実してやりたいことをやっていても、どこかでエネルギーがきれてしまいます。だからこそ、適度な休暇というか、立ち止まるのが欠かせないのです。こうして立ち止まって今の足元をみるということ。もともとキャリアコンサルタントとして、サラリーマンのキャリア開発等に関わっていますと、時には立ち止まるように私は受講者の方々に呼びかけますが、立ち止まって考えてみることで、自分を今一度見つめてどこに進むかを検討していただきたいのです。そんなことをお薦めしている以上、私も恐れずに立ち止まってみます。

自分の足元を見つめて、その足元に自分の根っこが下に向かって張り巡らされているかを確認したうえで、更に前に進む、上に向かって伸びるために、立ち止まる。こうしたことを時々やることを通して、前に進むエネルギーをため込んでいくわけです。

私は、この立ち止まって考えるのは、独立後も実践していきたいと思っています。がむしゃらに走り続けることが基本ではあるけど、あんまりがむしゃらにやり続けると、心身を害してしまうのです。根性で経営をすることはありません。稼働時間が一日長いのは全然平気だけど、まったく立ち止まらないとどこかでケガをしてしまう。こうして自宅に引きこもって立ち止まった今日は、仕事に役立てられるようにするためのインプットと、脳を休めるためにぼーっとすることで時間を過ごしました。

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昨日のジレンマワークショップでは、「終わらない対話」という言葉が出ていました。こうした終わらない対話は、大切な家族と休みであってもしています。「あんなことをやると面白い。あの人に聞いてみるといい。こんなことをやってみればいいかもね。」こんな意見交換を散発的に妻としながら、終わらない対話をしています。脳を休める時間は、丸一日ではなく、仮に引きこもっていても数時間です。その時間を過ぎれば、対話をしていますね。立ち止まってはいても、完全にスイッチはきらない。これは昔からそうです。疲れてしまっているときは、スイッチをつけたまま寝ていたので、全然休まっていなかったですね。立ち止まって考えるときは、引きこもってはいても、脳は完全停止しない。そんなことを心掛けています。

今週は関西への出張を控え、明日からは稼働し続けている時間が増えます。スイッチつけっぱなしにしないように、時折休めながらやるべきことをやっていきます!

 

話を聴くためには?エネルギー!

ワークショップデザイナーの仲間と一緒に食事。今日は久々に会った仲間の話に耳を傾けました。新しい生活になって、それなりに考えていることがあって、それをいろいろと話してくれたんです。細かいことは言えませんが、誰にだってそういうのはあるはずなのです。
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こんなパワーのつく食べ物を食べたり・・・

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活きのいいものを食べたり・・・そうやって、自分にエネルギーを与えて人と向き合ってみることが大切ですね。話を傾聴する際には、まず自分の中にエネルギーを蓄えておくことです。
それが出来てからいよいよ相手と向き合う。じっくりと向き合う。

私は、このブログのトップで、相談のご案内のページを設けています。これは、決して改めて何か話を聴いてやる、なんて思っていません。むしろ、ちょっと第三者に話せば楽になる、解決の糸口が見える、そんなことを希望している人に使ってほしいと思うのです。対面でもOKですし、フェイスブックメッセンジャーやGoogleのハンズアウトでもOKです。ちょっとした話でもいいので、是非使ってみてくださいね。使えなさそうならそれでもOKです。

いずれにしても、今日は仲間の話を聴いて、彼女のために何が最善かを聴いて、彼女がすっきりしてくれたことが何よりの収穫です。新しい生活に向けて前向きに進んでくれるのを願うばかりです。

 

 

うろこ雲を見れるようになる~心身不調脱却の手がかり~

朝の空を見ていたら書きたくなりました。そんな瞬間、ありませんか?自分の想像する力が磨かれて、新たな発想が浮かんでくるとでも言うのでしょうか。

うろこのような模様の雲。秋の訪れを感じます。いや、悪天候になる前触れなんですかねー。

いずれにしても、いろんな意味で心動かされる景色であることに変わりはありませんよね。天気の変化がおこる予兆なんでしょうけど。

そんな空を見て書こうと思い立ったのは、ここ最近、朝の不調気味な状況が続いていたことに端を発します。お腹をくだしやすくなり、耳がへんになり、なかなか顔をあげられない。雲がなんだかいつもと違うという感覚を持って物事をみる余裕がない。いろんな意味で余裕がなくなります。

もっとひどくなると、しばらく経ってから髪をとかし忘れたことに慌てて気づき、櫛で髪を調える。自分でも髪がボサボサになっていることに気づかないんです。下を見て歩いていると、そうなんですよね。

自律神経を悪くしてうつっぽくなったときはまさにそうでした。顔を上げて歩けないというか。だからなのかもしれませんが、頭への意識が薄らぐのかもしれないですね。

他にもあったのは、筆記用具を忘れる。特に人の話を聴くなどの仕事においては、筆記用具は欠かせないのです。それを胸のポケットに指し忘れる。だからそんな状態で商談に行くと何にも書けないから辛いわけです。意識的ではなくて無意識に忘れるからきつい。

後になって忘れ物に気づくと自分をまた責めてしまう。こうして負のスパイラルに陥るんですね。辛いの連鎖になるとでもいうのでしょうか。そうした連鎖が更なる自信の喪失につながります。そして、今はましであっても思い出すのは頭ではなく体もそうです。耳が痛くなり頭痛がしてくる。過去のフラッシュバックがとてもきついですね。体の無意識的な反応で調子を悪くするというのは、悔しい以外の何ものでもありません。

こうして過去にアクセスするのははっきりいって辛いです。よろしくない記憶の引き出しに詰まっているわけですから。

私は過去がつらかったことをまとめてはいますが、決してそれに同情を求めるわけではありません。こうした過去の体験や記憶が、これからの自身にとって活かせる部分があると信じてますし、そうしたいのです。過去から学ぶ教訓から未来の事業や自身の姿を思い描く。辛いことは忘れたい。でも、同じように苦しんでいる方はきっといらっしゃるはずです。もしくは、上司や部下、家族にそんな人がいたら、助けてあげたいですよね。だから辛い過去にも、未来のために向き合おうとしているんだと思います。

未来のために私は耐える時は耐えます。散々耐えてきたんだし、そして越えてきたのだから。

未来に向かって挑戦するスピリットがあるから!

自律神経失調で休んで自覚したこと~未来に向けて経験を活かす決意~

人は可能性は無限大ですが、一方でもろい部分もある。可能性を拡げられなくなるくらいに不調になってしまうこともあるのです。

週明けの今日、体調が正直よくなくて早退しました。熱がある、咳が出るなど、わかりやすい風邪の症状のようなものではありません。発汗がいつも以上に多い、けだるい、耳の聞こえがわるい(詰まった感じがする)、下痢がひどい・・・物事に集中できない。

こうした症状が出ると一体何だろうって話になります。胃腸炎でもないし、その他別の病気でもない。これは症状です。私は以前自律神経失調症になって会社を長期休んだ経験がありますが、今朝はその時の症状に似ているものが出ていました。ですので、そう感じた時には、無理はしないと決めています。無理をせずに半日の休暇をいただきました。

かつては、こういうことで休むことの理解は全くありませんでした。おそらく今でもそういうことに理解のない人たちはいると思います。しかし、人を思いやる気持ちは、仕事を共にする以前に必要であるし、今の時代はその影響か、変調が出たことで休むことには多少は偏見はなくなってきたように思います。ただ、数年前に、私は同じようなことで休んでしまったことがありましたが、年配の方に「女じゃないんだからちょっと調子が悪いくらいで休むなよ!おれの説明の手間がかかるじゃないか」と言われたことがあります。この年配の方は、従業員に自分の役割として説明すべきことがあり、私が休んだことでその説明の時間をかけるのを嫌がっていたんです。自分都合での暴言ですが、仮にその場に女性がいなくても、非常に許しがたい発言でした。結局は人をいたわる気持ちはない。こんな組織はいずれなくなってしまうだろうと思いましたね。

今日の自分自身は、気持ちとして一社目の訪問を終えた段階で調子が良くないと自覚しておりました。ですので、今日のうちに対応すべき最低限の仕事を済ませてから帰りました。こうした理性がまだ働いているので、心身としてはまだましなんだと思いますが、正直無理をしました。いろんなことをしなければならない、そんな気持ちがどこかにあったことは確かです。この気持ちの使い方、改善の必要はありますね。無理なら無理と述べて、自分に優しくしてあげること。これが必要なんだと思います。

自分なりに優しくはしましたよ。帰宅してからはシャワーを浴びて、軽く仮眠をとりました。自律神経がきついときは、一定時間通信機器とのアクセスを断つ。電源を切るなどしてアクセスをしないようにして休みます。1時間仮眠すれば、だいぶ落ち着きます。こうしてまた復活に向けて動き出すわけですが、この繰り返し、正直もう断ち切りたい。20年間サラリーマンを続けてきて、誰かに雇われて左右される生き方をしてしまうからこそ、こうなるのかなって。もちろん、起業して事業者になっても、人に左右されることもあるはずです。ただ、それが自分と相手のためと強く思って、信頼貯金を積み重ねていく関係性を目指せば大丈夫なんだろうと強く信じています。

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甘いものを食べるのがいい、わけではありません。しかし、自分の気持ちをいたわるためのアイテムであると考えれば、こういう食べ物を楽しくいただく。山梨の銘菓、桔梗屋の信玄餅です。小さい頃に食べてから大好きで・・・ですので、きなこを散らさないように食べました。黒蜜との相性が最高ですね。

私のコンディションが悪かったことで、残念だったのは、行きたかった、会いたかったという気持ちを満たせるような仲間との会に参加できなかったこと。まあ、コンディションが悪い中でお会いしても、周りの方々に心配や迷惑をかけるだけ。ですので、今日は我慢しました。それよりも、きちんとしたコンディションを保つために休みをとった。こうした精神状況に追い込まれるのは、自身のせいでもあるけど、組織が絡んでいることも否定はできません。ですので、組織に対しての気持ちもいろいろと思うことはあります。とはいえ、まだ組織にいる人間でもあるので、仕事を休んでいるのに他の会に出るなんてことは出来ません。自分を労わる決断をするとともに、自分が望んでいた場にいけなくなる。そういう選択をしたことには悔いはありませんし、それが自分で選択できるようになったのは、人としての成長であると自覚しております。

私はこの自分の経験を活かしていきたいです。組織に対しては、こうした自律神経の失調など、精神面での支障がきたさないような仕組みをつくる。あるいは教育啓蒙の施策を提案していきたいですね。また、コミュニケーションに関係することを学ぶ必要は常にあるんです。コミュニケーションや対話によって、組織の中で精神的に苦しくなるような社員が出るのは抑止できる。また、新しいものを産み出していくのも、コミュニケーションがあるからこそ。コミュニケーションという単純に語られるものを、組織の中で広げていくことで、地域の組織や地域の人たちの可能性を拡げることに貢献していきたい。コミュニケーション上の葛藤や争いを未然に防ぎ、お互いに自由闊達に風通し良く意見を言い合える組織にしていく。一見派手さのない取り組みが、私のような「会社に行って仕事をしたくない」という人たちを減らすきっかけになると思います。

自分のこの経験は、未来の自身の活動に絶対に活きる。活かす。それが自分へのご褒美であり、社会への貢献である。そう思って未来に向けての準備を進めていきます。

甲州を訪ねて思う地方移住のススメ~心身のゆとりづくりから~

昨日はあまり書かなかったのですが、甲州方面へ日帰りで出かけてきました。

楽しかったのは当然ですが、やはり地方に移住したい!そんな気持ちになりました。その理由を紐解いていこうと思います。

 

まず景色の中にいる自分。緑と青に囲まれた土地には、きれいな空気があり、心の中にゆとりが生じます。都会で暮らしている中で、様々な人や情報に出会い、様々な発見を日々重ねていけることは、とても有意義なことです。しかし、あまりにもそれらが多すぎて消化不良を起こしかねない。だからこそ、何かの非常に狭い専門分野に特化するか、大きな組織の中で生き残るか、などという幅の狭い選択をせざるをえないのが、私にはどうしても腑に落ちない。個が没化していくことは、都会ではどんどん進んでいく。それによって心のゆとりが失われ、ハラスメント問題や心身の調子をきたす社員が増えるなどの問題が出てくるのではないかと。

一方で、心にゆとりを持っていくと、社会自体のサイズは今度は狭くなるけど、深みのあるおつきあい、関わり合いができる。これが地方での魅力ではないかと思います。地方の中で、利他の精神を持ちながら自分の専門性を発揮する場をつくれれば、心身のコンディションをよくして働ける方々が増えてくる。私はそう思います。仕事に対して志を持って何かに取り組む場所があるからこそ、人が集まってくる。以前は工場などの働く拠点が来るように大企業に誘致して働きかけて、雇用を生み出そうとしていました。今は志を持って、人がやりたいことや専門性を発揮できる事を創造する時代。それが出来るのは地方からではないかと。それが、地方を元気にして日本を心ゆとりある国に変えていけるきっかけになるのではないかと思います。私が日々最近述べている、可能性を拡げられる土壌が地方にあるということです。

 

次に、地方で収穫、生産された物を楽しく味わえる機会があるということです。観光客を呼び込む側面と、地方の方たちの健康を促進する側面とあるのではないでしょうか。地域でとれるものを調理して多くの人に味わってもらう。それが出来るのが、地方ならではものである、というPRをしていけば、観光客の方々への口コミが広がっていく。今はいろんな媒体で情報が良きも悪しきも拡散する時代です。インスタにアップ、ツイッターでつぶやく、ブログやフェイスブックで発信するなど、様々なネット上の情報ツールの駆使によって、地方の特産物や美味しいお料理の数々は人を呼び込む契機になっていきます。単なる一過性のものではなく、継続的に人が集まる場所にするための一つのネタ、それが「食」ではないかということです。

私が以前ワークショップデザイナーの仲間の方々と企画した、地方のお料理をおつまみにしてPRするというワークショップ。おつまみとお酒などの飲み物とを組み合わせ、地方に関心のかる方々が集まってこれる場をつくるのにはいい機会ではないかと思います。ワークショップの魅力と地方特産品の魅力を同時に伝えられる手段をさらに考えていくためには、こうした独自性のある美味しいものに触れられることが一番です。上の画像は、山梨のほうとう、甲州でとれた牛のステーキ、そして八ヶ岳近辺で栽培、収穫されたお野菜のバーニャカウダー。そして清いアルプスの水を用いて醸造される限定品の日本酒。こうしたものを楽しめるのが、ワークショップという一つの手段をきっかけに広めていける、これが地方の魅力でもあると思います。

また、地方の食材は、自然の恵みを最大限に活用しているケースが多いです。温暖、冷涼などの気候の特徴や、その気候で生み出される土、山の湧水を利用した水、日照時間を多く創り出してくれる陽の光。こうした自然の恵みを最大限に活かせるからこそ、体に良いものが取り込まれている可能性もあるのです。それが健康促進効果につながるという面でも、地方でつくられるものには魅力がありそうですよね。健康志向の強い昨今、サプリメントなどの健康食品だけでなく、こうした自然の恵みを享受しておくことも健康を維持できる秘訣になると思われます。それが実現できるのは、地方の方が可能性が高いのではないでしょうか。

 

甲府の中心にある甲府城跡からは、富士山が遠くに見えました。そして、昨日の秋の夕暮れは、まるで画板に描く絵のような、とても幻想的な光景でした。こうした空の高さを感じて、雲の流れを感じられるのは、高い建物が甲府近辺には少ないということもありますが、広く遠くまで見渡せる世界が地方には多くあるからだと思います。春夏秋冬、見せてくれる景色が、心のゆとりにもつながり、人々の活動にも好影響をもたらす。そんな気がしてなりません。だからこそ、地方の景色の中で日常を創っていく事が、心身の安らぎと新しい挑戦へのきっかけをつくる舞台になる。私はそう思います。私は、その地方の出身で、その地方に帰る機会がつくれるからこそ、考えられているように思います。しかし、育った地方に戻らずとも、こうした地方の魅力は、それぞれにある。その良さをいっぱい感じてほしいなって思います。一過性ではなく、日常の中で。

 

人の幸福度も上がるかもしれません。自分も、そして自分の身近にいる家族も、そして応援してくださる方々の幸福を創り出す。それが実現可能性が高いのは地方。これが私の想いです。可能性を拡げて未来に挑戦し、それが幸福をもたらすきっかけに。

来年の新しい未来づくりに向けて、いい体感が出来た旅となりました!もちろん、心身のストレスも軽減できました!

圧は人を寄せつけなくなる!

人に備わっているものの中で、何かやっかいだと思うものがあります。感じるものがあると言った方が正確かもしれません。

「圧」というものを感じます。圧です。本人は全然そのようなものを持っていないと思っているからたちが悪い。人からよく指摘もされるみたいだが、その圧があるから我慢しろみたいなことを平気で言います。特に力を持った(立場的に)人ほど、その立場に溺れ、その立場にいることを一つの威光にして圧を出す。圧を出すことで人に恐怖心や近づけがたい気持ちを押し付けてくる。そのくせ、何かあればもっとおれに関われ、とかいう。まあやっかいな人です。

私も講師という仕事をする立場上、その「圧」を感じさせないように気をつけるようになりました。講師をやり始めた頃は正直その立場でいることに変な優越感を感じた瞬間がありました。まあ、よほど嬉しかったんでしょうね。人間が小さいって今は思いますが、当時はその圧を圧を出していると思うことなく、平気で出していたんだと自覚しております。

圧を出すと人が近づかなくなる。圧の影響で人を寄せ付けなくなる。そうやって孤独になっていくのを自覚しているんですよね。まあ、経営者のような立場の方々にありがちなものが、まさに圧と呼ばれるものなのかもしれません。圧によって人を寄せつけない状況になりますと、勘違いする人は、その圧を利用して徳をどんどん減らしていきます。徳がなくなれば、周りには誰も近づかなくなる。素晴らしい人でとても近づきがたいとはまた違う、近づきたくない人になるわけです。ましてや、それでいい、などとのたまうから圧がやがて組織にとっての「害」でしかなくなるのです。まさに害悪なんです。害悪になると徳なんてものはかけらもなくなる。本当に残念な話です。

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今日はそんな圧を出していることを自覚していない方との仕事で、実はストレスがかなり溜まっていました。自分で機嫌が悪くなって声を荒げることをやると自覚している。後になってそれでいて後悔する。最悪な人にしか思えないのです。いろいろと教わったことはあったけど、やはり私は人格が信用できない人には、愛想をつかしてしまうのかもしれません。

反面教師としてみるべき人を何人も見てきています。私自身は徳を積み重ねて、圧を出していると思ったらその圧を悪用しないで、いい方向で輝かせる徳に変えていけるように、人格を磨き続けていかなければいけないですね。私もまだまだ心が未熟なところがあります。人格を磨いて徳を積む。日々いろんな方々と出会って精進ですね!

迷ったら心の声を聴く!

日々生活をしていますと、いろんな場面で迷いが生じます。迷いに迷ってしまうと、全く動かなくなる。そんなことを幾度となく経験してきました。迷いが強くなり精神が乱れて疲労する。未だにそうなることあります。

迷ってしまって無気力になり、鬱っぽくなるのが今までの私だったように思います。

ただ、最近迷いが生じた際には、自分の中で頼るものがあります。それが心の声です。心の声に耳を傾けて、その声に従うようにしています。

て、こう書きますと何だか危ない人のように感じられるかもしれませんね。危なくはないです。要は気持ちに素直になるということです。何か疲労がたまってやる気が出てこないときに、やる気を出せ!なんていうのは、火に油を注ぐような話ですよね。引火してしまっては手がつけられなくなるわけです。そうではなくて、火を見守るかの如く、自分を外から客観的に見つめるのです。そうやって自分を捉えると、どう判断していいかわかります。心が発するメッセージを受け止めて、それに沿うように動くのが一番望ましいわけです。

今日はまだまだやれる。

今日は無理をしてはいけない。

今日は最低限はここまでやって休もう。出来なければ明日やればいいだけの話だよね。

このように、心が発信してくれるメッセージに真摯に耳を傾けたうえで動くことが大切。無視をして無理をすれば必ずしっぺ返しが来ると思ってよいわけです。

かつての私はそういうしっぺ返しを受けていました。だから気持ちは落ちる一方で希望がまるで持てなくなりました。そして気持ちが暗いまま毎日を過ごしていくと、どんどん嫌になる。コミュニケーションをとるのが億劫にすらなる。それが部下に伝わり非難される。そうした悪い循環が回り続けて破綻してしまいました。残念な話ですよね。

ですので、自律神経を悪くしてからは周りがどうであれ大切なのは自分。自分を守ることを最優先として、組織内での昇格や昇進、待遇改善などは諦めました。自分と大切な家族や顧客を守る。その第一義を守るために、その軸に沿いながら今は動いてます。

迷いが生じたら、自身の心身と対話してどうするか。自信を持って決断して、健康を維持していくことが一番ですよ。

澄んだ気持ちで自分の心に素直に生きていきますよ!

短絡的には認定できなくても注意~パワハラになりうる言動~

今日もハラスメント防止養成講座。今日は法律や判例に関しての学びで、大学や資格試験予備校の時以来の法律の勉強で、何か懐かしさを感じるほどで、眠くならないという不思議な感覚でした。

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セクハラ、マタハラ、パワハラ。いずれもハラスメント問題としては大きなものです。判例は確かに厳罰が下っているものが多くて、極端です。しかし、判例を読んでいくと、未だにハラスメントの問題があちこちにあるんだなって思います。陰湿なものもあれば、明らかにアウトなものもあれば、ぜんぜん仕事と関係ないだろそれ、って言えそうなものまで。

今日感じたのは、パワハラのところでの言動。ちょっと何かあると、最近はニュースのせいもあってパワハラじゃないかって言われます。言葉だけでは一概に断定はできないのですが、こんな表現が職場で繰り返されていたら危ないです。あくまでも一例です。

「おまえはバカだ」「新入社員以下だよ」「いい加減にせいよ。おまえアホちゃうか。」

「ぶち殺すぞ」「どうしていつもあなたはこうなんだ」「人間失格」「いつまで新人気分でいるんだ」「使えねえな」「死んでしまえ」などなど

人格を否定したり、人としての名誉を傷つけるようなことを言い続けているのは危ないです。もちろん、これを言ったらNGです、っていう断定的なものではなく、パワハラになるにはそれなりの事実認定や判断が伴います。ただ、人格を否定するようなことや人の名誉を傷つけるようなことは言葉として気をつけないといけないですね。

その他、経営層の方々で口癖のように「クビだ!」「やる気のないやつは辞めろ」などと言いがちな人も危険です。退職や解雇等をほのめかすようなことを、他の社員のいる面前で平気で大声で継続的に言うような場合も危ないです。軽い気持ちであっても、これが人の精神を病んでしまう危険性もある。軽々しく言葉として使うべきではないですよね。

短絡的に物事を判断することはよくないですが、最近はハラスメント被害に対しての事実認定がシビアにされる場合も多く、また、行為をした側に責任があると認められた場合の民事上の賠償等も大きいものになりがちです。それに、社会的に制裁を受けることが一番大きい。採用や営業活動にも不利になります。こうしたリスクを守ることに躍起になるくらいであれば、しっかり本腰入れて体制を整えて教育や啓蒙活動を行う。一過性の研修で済む話ではありませんが、何も対策を打たないのも、問題が発生した際に不利になる可能性もあります。特にパワハラは今いろいろとメディアでも取り上げられているので、十分な対策を行っていくべきでしょうね。私も外から関わるコンサルタントとして、守るお手伝いをしていきます。

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脳が疲労したので、研修のあった両国でお相撲に関しての甘味をいただきます。こうした癒しを逆に与えてあげる、ではありませんが、ムチよりもアメですね。明日も学びに行ってくるのでそろそろ休みたいと思います。