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ゴールが何か?ゴールがあるか?

以前、静岡県中小企業家同友会の支部例会での発表で、不安に関する話をしました。段階的にやってくる不安を乗り越えてここまできたという話です。

ゴールデンウィークが空けて、しばらくしてから様々なことに時間を費やしてきましたが、どうも目の前のことに追われがちになっていて、先を見据えて何をやってきたのか?もちろん、日々様々なことをやっていたのはもちろんですが、「一体何をやっていたのか」という気持ちが一番に出てきました。急遽やることが増えたのも一因ですが、心の余裕がまったくなかったのも確かです。空を見上げてみると、太陽がきれいで、いつのまにか暑さが厳しくなりつつあって、雲がたなびく景色も素敵。こういう景色の美しさというか、きれいさを感じる時間がどれだけあったのかというわけですね。バラの花が少しずつ咲き終わり、紫陽花がきれいに咲き誇る時期です。きれいな花が咲いていても、心の余裕がなくなって気づかなかったのです。

心の余裕を感じないときにはどんなことが起きているのでしょうか?

私は、ゴールと目的が見えていないときに、心の余裕を感じなくなっているのかなって思います。特に「ゴール」。どこに向かっていくのか、何を目指して進むのか。このゴールが見えないと、目の前のことで追われて苦しんでという状態に陥ってしまうのです。見えないならまだ見える場所に移ればいいのですが、設定されていない、という場合もありえます。

ゴールが無いと、強制的な力で、「一つ一つのことをはやくやれ」と言われても、反発や不安など、ネガティブな感情しかめぐってこなくなります。組織でハラスメントが起きるのも、このゴールのなさが起因している可能性があるのです。どこにむかって進むのか、何を目指していくのか。ゴールがなければ足元をばたつかせているだけにすぎません。長期的なゴール、中期的なゴール、短期的なゴール。目指すものが不明確だと、嫌な感情との戦いだけで時間が終わってしまう懸念があるのです。

悩みや不安で心が占められているときは、目の前のことに向き合いすぎて、先のゴールが曇って全く見えていない状態なんだろうと思います。大きなプロジェクト、事業、営業活動、サークル・ゼミ活動、町内会活動・・・どんな活動にもゴールはあります。もっと身近で言えば会議のような場もそうです。それを明確にしているかしていないかの違いです。ゴールはあるのですが、それを暗黙の了解にしてしまうと、気づかない人だけが不幸になってしまうという様子も見られます。

会社員のころ、営業事務のチーフだった方が話していた言葉が強く印象に残っています。「やらされ感」。やらされ感で仕事をしていてはのぞましい結果がついてきません。このやらされ感がなぜ起こるのか、考えてみるとゴールがない、と気づくのです。どこに向かっていくのか、ゴールの場所だけは指示を受けていても、そのゴールの姿がいったいどのようなものなのか。要はゴールの内容がわからないのです。ゴール地点の世界について共有されていないから、やらされ感で満たされ、心の余裕が奪われていくのです。

プロジェクト、会議、営業活動、事業、町内会活動、ホームルーム・・・なんでもそうですが、ゴールは必要ですね。ゴールを設定し共有する。その点を肝に銘じて改めて取り組んでみませんか?

ゴールを決めずにやると目の前のことで苦しみます。不安が大きくなって苦しみだけしか印象に残らないのです。ゴールを設定し、そこに向かっていく行動をどれだけ実行できるかによって変わります。ゴールに向かう計画だけで時間を費やして、慌てて目の前のことを処理する発想ではつらいです。そうすると、心がどんどん疲弊し余裕がなくなり、ゴールに向かう前に離脱する人が出てしまうのかもしれませんね。

先日、弊社の役員でもある妻と話して決めたゴールの一つ。それは、10年後のゴールです。経営的な目標はまた別にありますが、「土地をもって事務所併設の家を建てたい」というものです。ゴールとしては、けっこう大きなものにはなりますが、ゴールがあるから、ゴールに向かって歩を進めることができます。そのためには、何をしなければならないか、どうやって行動を重ねるか?目の前のことに追われるばかりでなく、一歩一歩ゴールめがけて進むという発想をもっていきます。

ふと市役所の駐車場で空を見上げてみると、心が開かれた気持ちになりました。ゴールに向かって進めるという希望を抱いて前進します。

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