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成果の出せる職場にあるもの~お互いを信じあえる関係~

昨日は、富士商工会議所青年部(YEG)の例会。私が所属するキャリア教育推進委員会の運営による例会なりました。準備と議論を重ねて、一つの形にできたことは、とてもよかったなぁと思います。

始まる前に、会場の外から見た富士山です。とてもきれいに見えました。夕焼けが富士山を照らす光景をみると、この街に生まれて戻ってきてよかったと思いますね。

さて、昨日の例会の準備の過程で思い出したことは、お互いを信じられない職場のことです。この委員会が、お互いを信じられない関係があったわけではありません。ただ、いろいろと途中で苦しくなったのは、自分を信じる気持ちがなかったからなのです。

お互いを信じられない職場、これは私が過去にいた職場の中の一つです。お互いを信じあえない、人としての心を無視しているかに、まったく信じあえない関係が職場の中にあって、すごくギクシャクしていました。結局のところ、お互いを信じられない関係ができてしまっているので、何か一つのイベントをやろうと思って準備をしていても、お互いに足の引っ張り合いになります。準備内容が思うようにできていないことへの糾弾、全体への叱責。その糾弾や叱責から出るイライラした空気が全体に漂ってきました。指示を出す人は、たしかにやることはあったとしても、その場の責任者となるケースが多いです。いわゆる職場の長のような存在ですね。

この長のマネジメントがうまくいかないとどうなるか?長は仕事の割り振りをうまくやれなくて、しかもお互いの情報が共有されない。ですので、部下からいろんな質問が出まくる。その空気がとてもギクシャクした空気を創り出していきました。こんな状況の職場ですから、人を信じられなくなるのも無理はないですね。マネジメントする人自体が、自分も周りも信じていないので、どんどん職場の空気が悪化します。

また、過去の私がいた職場もそうでしたし、実際に私もそうでしたが、なにか人の目を気にしてしまうところが過剰に出てしまうのです。気が散ってばかりで集中力を欠いてしまう。お互いを信じられないので油断なりません。ですので、周りが気になって一つのことに気持ちを傾けられなくなります。やがて、足の引っ張り合いみたいな動きが顕著になってきて、自分がなにか失点しないようにする。こんな動きがどんどん大きくなるので、人間のよくないところばかりが出てきてしまうのです。これでは、その場も最悪な関係になってしまいます。最悪な関係が表面化してしまうので、結局イベントやなにか一つの会を一緒にやろうしても、成果に結びつかないのです。

これがひどくなれば、マネジメントする側が部下やメンバーに厳しい言葉を浴びせ続けて、エスカレートするとパワハラなどのハラスメント行為が起こってしまうこともありえるのです。地域の寄合や集まりであれば、そこに行かなくなれば避けられる話なのかもしれません(まあ、後になって影響が出てきますけどね)。しかし、職場はそうはいきません。毎日顔を合わせる関係ともなると、職場でパワハラが表面化すれば被害者はどのような状況になってしまうのか。ひどいと命を絶つ人がでてくることだってまったくゼロとはいえません。想像しただけでも恐ろしいことが起こる可能性があるのです。

自分自身もそして周りの人に対しても、お互いを信じあっていれば、なにか一つのイベントをやるとしても、それぞれの潜在能力を信じて実行できるからこそ成果につながるのです。信じられないと、ついつい他人と比較してしまいます。健全な競争の下でやるのではなく、人を追い落とすための競争になっていまいます。

他人と自分を比べてどうなのか、という比較は不要です。比較などせずに、お互いを信じあって一つの目的に向けて気持ちを通い合わせれば、成果を出しときのやりがいも大きなものとなり、一緒に同じチームのメンバーと何かを取り組む楽しさを実感できるでしょう。そして、それが自分を信じることにみな跳ね返ってきます。自分を信じていれば、自分に対して温かい言葉がいっぱい受け取れるはずです。これによって自己効力感が高まって、信じあえる関係が強くなりますね。

信じあってお互いの可能性を引き出すようなコンサルティング、研修を心がけています。そんなことをやってみたいという方は、是非お声がけください!お互いを信じあえる場をつくります!対面でもオンラインでも、ですね。

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