新年の三が日。私は例年箱根駅伝をテレビで見ています。いつかは芦ノ湖で見たいと妻に言われるのですが、さて、それはいつの日になるのでしょうか。たしかに一度は現場でその空気を楽しみたいなぁって思います。少し歩けばコースにたどり着く距離に今まで住んでいたのにねぇ~(笑)。
箱根駅伝をテレビでおそらく30年くらいは見続けています。最初に見始めたときは、憧れだった大学を応援したいと思って見始めました。そして、実際に通って卒業した大学を応援するようになりました。最近では、単に競技を見るだけでなく、様々な視点から箱根駅伝を見るようになって、いろいろと感じることも出てきました。たとえば、チームとしての取り組みや、大会に至るまでの練習の日々の様子などです。ですので、本選だけでなく、ダイジェスト番組などもできるだけ見るようにしています。こうして箱根駅伝を通して感じたことを、どう日々の生活に活かせるのか、などと考えるのも面白いなぁって、最近は思うようになりました。
第96回の今大会は、新記録がたくさん生まれました。運動靴が厚底になったせい、などという声もありますが、そこだけにフォーカスするのは違うのではないかと思います。素直に選手個々の力が上がっているとみていいのではないでしょうか。外的要因ですべてが決まるものでもなく、選手一人一人の力が活かされるような練習を、各学校が積み重ねてきた結果ではないかと思います。その積み重ねがあるから、様々な要因が良い方向に働くと好結果につながるように思います。
結果に至るまでにどのような練習を積み重ねてきたのか?それが問われるんでしょうね。走り込みをたくさんしてきたこともそうでしょうし、限られた時間の中で集中して取り組んだことも要因かもしれません。災害の影響で練習の時間が限られたチームもあったと聞きますが、決してそのチームがとんでもない結果になったかといえば、そんなこともありません。
そして、選手が走り終えた時の表情を見てみると、涙を流す、悔しがる、思いきり喜びを爆発させる、など様々なものがあります。いずれも感情が表に出ていることが多いように思います。こうした感情が表にでるのは、おそらく、日々の積み重ねがあったからこそ、でしょう。今回の駅伝では、復路でたすきが途切れてしまった大学の選手のなかには、人目をはばからず、声を上げて悔しがって泣いていた選手もいました。繰り上げスタートになってしまって、自分が走ってきてたどりつくゴールが見えるところで号砲が聞こえて・・・目の前で次の走者がスタートしていく・・・すごくすごく悔しかったことでしょう。
涙を流して悔しがるのは、それだけ日々練習を積み重ねてきたからではないでしょうか。私は、以前のブログ記事の中で、結果よりも過程やプロセスという記事を書きましたが、まさに駅伝においては、その過程やプロセスで様々な積み重ねがあったからこそ、結果に対して感情を爆発させるのかもしれません。
また、走った人たちだけではなく、彼らを支える人たちへの感謝も忘れてはいけません。ボランティアとして沿道の安全を支える、ランナーの到着を各中継所などで待ってサポートする、などなど、表舞台に立って走る選手以外の人たちの力も大きいですね。こうした人たちの支えの一つ一つが、箱根駅伝という一つのレースをつくりあげているのではないでしょうか。
毎年箱根駅伝に気持ちを揺さぶられてスタートする1年。3日に箱根駅伝が終わって、ようやく新年のお祝い気分が抜け始めて仕事モードに切り替えようと思います。私自身は明日が仕事始め。年明け以降に取り組むことを一つ一つ積み重ねていこうと思います。そして、こうした積み重ねを含めて、新たに様々な発信を行っていく1年にしていきます。

雲がかかっていた富士山が姿を現し始めました。そんな景色をみながら進みだします。
この記事へのコメントはありません。