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25年後に引き継げる会社にする!(終わりを思い描いて)

東京オリパラ組織委員会の森会長の発言で先週はいろいろとにぎわいました。その報道の一連のやりとりのなかで、「余人をもって代えがたい」という、ある議員の言った言葉が印象的だなって思いました。代えがたいということは、後継者がいないってことでしょうか・・・

先日、森会長とはまた全然違いますが、まだまだ若い人たちには自分の立ち位置を渡さない、くらいの気概で私たちに話していた元大手企業のサラリーマンの方がいました。たしかに豊富な知識をもって活動をされているのでしょうけど、やはり世代間の格差は否めないように思います。いつまでも後進に譲らないくらいの気概は大切ですが・・・

この2つのことを思い出して、私も自分の胸に問いかけました。そして、あっさりと一つの解が出ました。

合同会社富士みらいクリエイションは25年間続ける。そして、25年後、富士から出てきたみらいのわかものにこの会社を引き渡す。

私は、今から約25年前に、初めて「独立」にあこがれました。ただ、当時はインターネットという言葉が出てきたものの、まだまだIT技術についてはあまりにも先進的過ぎた時代。ITベンチャーを立ち上げようなんて気持ちはまったくなく、むしろ、街の法律の専門家になる生き方にあこがれました。自分の勉強していた民事の法律を用いた実務家として、その専門資格をとろうと思って、司法書士資格の取得を目指したのですが・・・

そして、25年たって、今は45歳になりました。法律の専門家としての独立の夢は果たせませんでしたが、ビジネスの現場で活躍できる人材の育成というサービスを中心に提供する会社を、故郷・富士で立ち上げました。やることは大きく変わりましたが、独立という夢は果たせたわけです。

約2年前の独立直後、その先の夢は大きく描けず、日々のことに一生懸命でしかありませんでした。いろんな不安もあり、それも乗り越えてきました。ただ、みらいを創り出すという先の夢をかなえると考えたときに、その先の夢をかなえるために再び進むと決めました。いつまでも生涯同じことをやり続けるのは「可能性を拡げていく」ことを阻害してしまうことになりかねません。

25年後、富士みらいクリエイションは、人材育成事業に取り組みたいというわかものに引き継がれます。富士からみらいの人材を育成する、富士からみらいを創り出すというビジョンに共感してもらって、何をサービスとして提供するかはその後継者の自由に任せます。

私は子どもがいないので、必ずしも自分の子どもに富士みらいクリエイションを引き継がせるものではありません。むしろ、みらいのこの富士の街を、持続可能な形で引き続き創り続けられる人に出会いたいと思っています。25年後、きっと近くの裾野市には、トヨタ自動車がつくるスマートシティが出来上がっていることでしょう。デジタル化した時代のなかで、みらいをさらに描ける人材をつくっていくためにはなにをしていくか。きっと、今は私がやっていることはかわっていることでしょう。

25年たってからは、静かに、いろんな人たちのご相談(人生相談など)を受けながら過ごしていければいいなって思います。スマートシティの近くでなにかやっているかもしれませんが・・・(笑)。

7つの習慣の第2の習慣「終わりを思い描くことから始める」。新たな終わりを思い描き、日々をこれからどんどん積み重ねていきます。独立してからいろいろと乗り越えてきましたが、まだまだ先はあります。その先を描ける会社として、富士のわかものたちに一緒にやりたいと思われる会社になるのを目指します!

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