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余計なお世話であっても相手のためには伝えることが必要~マナーを教えるお話~

皆さんは、お辞儀、ちゃんとできていますか?マナーを守るではないのですが、お辞儀や挨拶からぞんざいになってしまっている。それが心の乱れを表す、などともいわれますね。

今日、ある会社の研修の講師を担当したのですが、挨拶の仕方が、正直できていない方々でした。以前であれば、挨拶は研修の中で教えるものではないから特に気もしなかったです。「そこまでを問うものではないから、何かを言う必要性もないだろう」とは思っていました。しかし、どうも乱れているんですね。何だかそれが気になって仕方がない。だらしなく見えるんですよね。椅子を出しっぱなしで立ち上がる。あいさつする時に、「おわおわわーー&%$」って、何を言っているかわからない・・・(本当には「お願いします」と言いたいのでしょうけどね)。しかも、本人たちは至って真面目に取り組んでいるんでしょうけど、外目がとてもいい加減に見える。他者に物事を指導し、人材を育成する役割を担っている方々の挨拶とはちょっと言えない・・・そんな危機感を感じました。そこで、椅子をしまって立ち上がることや、「語先後礼」(言葉が先、礼をするのは後)という言葉を伝えました。

私は今までは、気にはなっていても、そういった指摘をするのはためらっていました(マナーを教える研修は別ですよ!)。研修とはかかわりがないテーマを教えるなどおこがましいし、そのようなことを年配者に教えるなんでできるものではないと感じたからです。余計なお世話になるんじゃないかと。しかし、それではいけないと、今日は思いました。これから、人材育成のサービスを自らの責任で提供する以上、こういう基本も、気づいたときに、相手が誰であっても自信を持って伝える必要があると。特にお辞儀をする、挨拶を研修や会議の中でする習慣の組織では、語先後礼などの基本も伝えて、目の前にいる方々が恥をかくことのないようにしてほしい。そんな想いが強くなってきたのは確かです。

自信と使命感の裏返しで、今までは気にもしなかったことを伝えることをしよう。そして、相手の方々がさらに羽ばたけるようにしよう。そんなことを考えたのです。

私は以前、接遇やホスピタリティなどを取り上げて事業化している会社に在籍していたことがあります。そこはあまりいい思い出のないところではありますが、少なからず学んだこともあります。お辞儀の仕方、手の使い方など、マナーの中で必要な考え方を教わりましたし、講師の実習もしました。こうした学びが少なからず役に立っています。ちょっとしたことがこうして役に立つ場面があるんだなって感じました。

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今日はこの大きなビルの見える街に降り立ちました。たくさんのビジネスパーソンが行きかう街だからこそ挨拶をする場面は多い。そういう面では、ちょっとしたことでも何かを役立て欲しいとの思いで伝えていくことが必要である。そういう役割だからこそですよね。「今日聴いたからこれから恥をかかずに済む」って思って下さったらありがたいなって思いますね。語先後礼です。挨拶は。

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