今日はある市民活動のイベントが中止になりまして、一日のんびりと過ごさせていただきました。のんびりとはいっても、脳を休めていたんですけどね。新しくキャビネットが納品されたので、事務所の片づけも同時に進めています。
おかげさまで、少しずつお仕事をいただくようになり、様々な情報を管理するための鍵付きスペースを確保しました。そのスペースにキャビネットを新たに入れて、情報管理をさらに強化します。合わせて不要なものをどんどん捨てました。2021年、第3期目に向けて、いろいろとこれから戦略を練っていきます。
さて、コンサルティングやカウンセリングなどでかかわっていますと、よく無意識のうちに物事をやっている人に出会います。その無意識でやっていること自体はとても素晴らしいものです。ただ、それが当たり前だと思っていて、教わりたいと言ってきた人や、新しい提案を持ちかけようとする人に対して、彼らの話を受け止めようとしないのです。そういうかたくななところがあるのはどうなのかなって思います。そういう方々のなかには、自分の培ってきたものを他の人には教えたくない、渡したくないという声をあげる人がいるのです。組織にいて働いてきたのであれば、そこで培ったものを引き渡していくのが本来のあるべき姿。それが後継者育成、人材育成です。しかし、それを否定するような人たちも、長年なにかに熟達してきた人たちほどいるように思います。どんな技術でも、それが社会のために役立つものであれば、築いたものを引き渡していかなければいけないでしょう。
熟達して組織の成長に貢献してきた。それを無意識でやってきて、いざ教えるとなったときに、なかなか満足のいくような教え方ができないという人が多いのです。教え方がわからないので、「背中で覚えろ」という。そういえば楽ですからね。うまく言葉にして教えることができないからついつい言葉も足りない、乱暴になってしまうのかもしれませんね。これではいつまでたっても技術は引き継がれないように思います。持っている人が体が動かなくなるまで働いて、その技術はやがておしまいになってしまうのです。そうなると、技術はそこで継承されずに終わる。組織もあやうくなるかもしれません。
ただ、そうはいっても、必ずしも継承をすることが必要なのか、といえば、違うでしょうね。逆に、新しい技術を創造すれば、引き継ぐという過程はなくなるわけですから・・・ただ、やはり素晴らしいものは引き継がれていくのがいいし、もっといえば、言葉にして残っていくのがベストなのです。言葉にして残ったものを引き継いでいくことによって、それらを完全に再現することは無理であったとしても、どこかエッセンスのようなものは継承されていくのではないでしょうか。
地方の中小企業には、モノづくりの技術を筆頭に、事務手続きも含めて、様々に継承できる「モノ」「コト」がたくさんあります。その「モノ」「コト」をどれだけ継承するのか、一方で新しく創り出す必要のある「モノ」「コト」はなにか?それらをできるだけ文字にする。そして、その文字を組織の知恵にしていく。知恵をさらに継承していけば、技術は形を変えて残っていきますね。
皆さんの会社には残せる技術がありますか?言葉になっていますか?無意識で身についたものを、いいから背中から盗め、では人はついてこないし、育たないですよ。無意識を意識的なものにして、言葉にして残していきましょう!
